実存主義的心理療法と実存主義的アプローチ
『実存主義(existentialism)』とは人間固有の存在形式を考察して、“私”の生きる意味や目的を追求していく思想潮流であるが、『抽象的・一般的な心理モデル』に依拠しない実存主義は心理学にも大きな影響を与えた。アメリカの心理学者ロロ・メイ(Rollo May, 1909-1994)が1958年に『実存(Existence)』という共著を出したが、『実存』は副題に「A new dimension in psychiatry and psychology」とあるように、実存主義的・現象学的な人間観を反映した心理療法の書籍でもある。ロロ・メイが『実存』を発表した翌年の1959年に実存主義的心理学のシンポジウムが初めて開かれ、アメリカの心理学会で実存主義的なアプローチに対する関心が急速に高まった。
『実存』の共著者には、H.F.エレンベルガーやE.ミンコフスキー、ルートヴィヒ・ビンスワンガーなどがいて、理論的・哲学的な解説部分だけではなく心理臨床家の事例研究なども収載されていた。ロロ・メイは一般的にヒューマニスティック心理学(人間性心理学)の心理学者として分類されており、ヒューマニスティック心理学を代表する人物には非指示的なカウンセリング理論を体系化したC.R.ロジャーズや欲求階層説を提唱したアブラハム・マズローがいる。心理学の第一勢力の行動主義心理学、第二勢力の精神分析に続いて、ヒューマニスティック心理学(人間性心理学)は第三勢力と呼ばれるが、実存主義的心理学は第三勢力の人間性心理学と深い相関を持っている。
実存主義的心理学(existential psychology)とは、精神分析の無意識の決定論や行動主義心理学の学習理論(条件づけ理論)に依拠しない『今・ここにいる人間』に注目する心理学である。無意識の精神構造論のように『理論化・概念化された心理モデル』で人間を捉えるのではなく、『現在の自分の判断・決定・選択』によって自分の人生を主体的に生きることを重視するのが実存主義的心理学である。
実存主義的心理学では『自己決定(自己選択)する人間』が前提とされており、アブラハム・マズローの『自己実現』のように自分の潜在的な能力(可能性)を発揮して自我の内部と外部で『人生の意義や価値』を体感していくことが目的の一つとなる。実存主義的心理学は、近代的な実証性・客観性を重視する科学的心理学と対立する性格を持っている。その最大の特徴は『理論的な枠組みにクライエントを当てはめないこと』と『役割的な関係を否定して全人的なコミュニケーションをすること』である。
実存主義的心理学に分類される心理学者・哲学者には、人間性心理学派のカール・ロジャーズとアブラハム・マズロー、現存在分析のルートヴィヒ・ビンスワンガーとメダルト・ボス、実存主義的心理療法(ロゴ・セラピー)のV.E.フランクルなどがいる。実存主義的心理療法では生の意欲・活力を強化する『意味への意志』を促進していくことが目指され、自分の人生に固有の『意味の追求』や日々を精力的に生きるための『価値の発見』に取り組んでいくことになる。
『実存的な人間の在り方』の大きな特徴は、自分の人生は他の誰にも代わってもらうことが出来ないという『個別性・固有性』と自分の人生の問題は自分で決定して解決しなければならないという『主体性・自律性』である。人間(個人)は究極的には他者や社会とは切り離された孤独な存在(実存の存在形式)であるが、自分の主体的な自己決定(自己選択)によって他者と協力したり社会環境と調和したりすることが出来るのである。
実存主義的アプローチでは、他者や環境に原因(責任)を求めるような決定論(因果論)が否定され、『今・ここにいる“私”』の主体的な意志決定や自己選択が重視されるが、実存主義的アプローチの最終的な目的は自分の行動と決定によって『自己の生きる意味』を体験的に掴み取ることである。理論的な予測や定量的な研究によって『自分の人生の大枠』が決定されてしまうと考えるのではなく、自分の自由意志や努力・工夫によって『自分の人生の方向性・内容』を自由に変化させられるというのが実存主義的アプローチの魅力であり本質である。
人間が生きていく途中で遭遇する『実存的不安』とは、個人(私)が他者や社会から疎外されているという不安であり、自分固有の人生の選択に対して自己責任を負わなければならないという不安であるが、実存的不安は究極的には『死の不安・完全な孤独の不安』とつながっている。実存的な人間は基本的に『孤独・無力・疎外・空虚の不安感』を抱えているものだが、その実存的な孤独と不安を克服するために、人は自己決定して他者とコミュニケーションをしたり社会活動に参加しようとしたりするのである。実存的不安から完璧に逃避することなどはできず、私たちは絶えず『自己の存在意義・人生の意味』を求めて主体的に他者・社会に働きかけていかなければならない。

