児童心理学(child psychology)と児童期の発達課題
児童心理学(child psychology)とは、子どもに特有の行動・心理・環境・発達過程について研究する応用心理学であり発達心理学の下位分類である。児童心理学が対象とする『子ども時代』の明確な区分はないが、成人期以前の『乳児期(0〜1歳半)・幼児期(1歳半〜6歳頃)・児童期(6歳〜12歳頃)・思春期(12歳〜18歳頃)』の子ども達が児童心理学の対象となる。児童期(学童期)は6〜12歳の小学生の時期であり、異性への関心(性的欲求)が抑圧されやすいことから精神分析では『潜伏期(潜在期)』と呼ぶこともある。
児童期の発達課題は幼児期の発達課題とも連続しており、『積極性(自発的な行動)・協調性(同級生との円滑な友達関係)・勤勉性(知的好奇心)』の獲得が児童期全体を通した発達課題となる。標準的な発達理論として認識されているE.H.エリクソンの社会的心理発達理論(ライフサイクル論)では、幼児期前期(1歳半〜3歳頃)の発達課題を『自律性 対 恥・疑惑』、幼児期後期(3歳〜6歳頃)の発達課題を『積極性 対 罪悪感』、児童期の発達課題を『勤勉性 対 劣等感』の図式で捉えられている。エリク・エリクソンの発達課題の図式は『漸成発達図式(ぜんせいはったつずしき)・生涯発達図式』とも呼ばれ、児童期の発達課題の獲得に成功した時には『勤勉性』が得られ、失敗した時には『劣等感』を感じるというように二項対立図式で説明されている。
小学生時代に当たる児童期の子ども達は、一日の生活の大部分を『学校環境』で過ごすというのが最大の特徴であり、『学校環境や勉強活動への適応・集団生活への適応・円滑な友達関係の構築』が重要な課題になってくる。集団関係の発達論では、小学生時代に形成される少人数の友達グループのことを『ギャング・グループ』と呼ぶ。小学生のギャング・グループでは『友達との同調行動』や『仲間との秘密の共有』が多く見られ、何をするにもいつも仲良しの友達と一緒に行動する傾向がある。小学校時代にギャング・グループ(仲良しの友達グループ)に上手く参加できないと、学校の集団生活や勉強活動への適応が困難になることもあり、意図的な仲間外れや嫌がらせなどが起こるといじめの問題につながることもある。
児童心理学の歴史は、『児童心理学の父』と呼ばれるドイツのW.T.プライエルが『子どもの心(児童の精神)』という著書を出版した1881年に始まるとされるが、学術的なレベルではない児童心理の研究は18世紀以前から哲学者・教育者などによって行われてきた。
17世紀の教育者であるJ.A.コメニウス(Johannes Amos Comenius, 1592-1670)は『生涯学習の概念』を提起して、時代・文化・階級・偏見に捕われない普遍的な教育制度のあり方を模索した。コメニウスは『大教授学』『開かれた言語の扉』といった著作の中で、現代につながる『近代的な学校教育(学習機会の平等が確保された教育制度)』の仕組みについて言及しており、学校教育の斬新なアイデアには児童心理学につながるエッセンスも含まれている。
J.A.コメニウス以降にも、ジャン・ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778)が教育学分野の啓蒙書である『エミール』を発表して、子どもを支配(搾取)したり虐待したりせずに『子どもの自然な本性(成長可能性)』を伸ばす自由主義的な教育観を示した。ルソーは近代教育学の始祖と呼ばれることもあるが、どちらかというと社会契約説や国民主権論(民主主義の原理)など政治学分野の啓蒙思想家としての功績で良く知られている。
日本で最も良く知られた教育学者には、スイスで児童福祉的価値のある『初等教育の実践・普及』に大きな貢献をしたヨハン・ハインリッヒ・ペスタロッチ(Johann Heinrich Pestalozzi,1746-1827)がいて、ペスタロッチの弟子であるフリードリヒ・フレーベルやヨハン・フリードリヒ・ヘルバルトによって『高等教育・大学教育・専門化育成のヒエラルキー構造』を持つ近代的な学校教育制度が整備されていった。