児童精神医学(child psychiatry)と児童分析(child analysis)
子ども時代の発達プロセスと行動形成・環境要因を研究する『児童心理学』については前回の記事で解説したが、子ども(乳幼児〜児童)を対象とする精神医学のことを児童精神医学(child psychiatry)と呼ぶ。精神医学には発達段階に応じて、『児童精神医学・思春期精神医学(青年期精神医学)・老年期精神医学』などを区分することがあるが、それらは生涯発達論に基づいて相互に連関しており完全に別個の精神医学領域というわけでは当然ない。
児童精神医学では基本的に思春期以前の子どもの心理的問題の全般を取り扱うが、その中でも特に重要になってくるのが幼児期・児童期に好発する『不適応問題(適応障害)・嗜癖(習癖)に代表される精神疾患・発達障害・早期母子関係・虐待問題』である。不適応問題の代表的なものとしては、学校生活・友人関係への適応困難により発生する『不登校・いじめ・引きこもり』などがあり、思春期になると自分の存在意義や社会的役割が分からなくなって混乱する『自己アイデンティティの拡散』の問題も多くなってくる。
子どもに発症しやすい精神疾患としては、家庭での愛情欠損(保護的環境の欠如)による習癖(爪かみ・夜尿・チック・夜驚)や心身症的な症状(頭痛・腹痛・下痢)があるが、最近は児童期頃に抑うつ感や意欲減退を感じる小児うつ病の症例も増えてきている。乳幼児期における早期母子関係(安心できる保護的環境)の重要性は、ホスピタリズム(施設病)やM.マーラーの乳幼児発達理論(分離‐個体化理論)で既に検証されている。
子どもの心身の健全な発達と成長のためには『愛情・保護のある母子関係(家庭環境)』が必要であり、愛情や保護が極端に不足すると『他者への基本的信頼感・未来への肯定的認知・自分に対する自信と肯定感情』が障害されやすくなり、境界性人格障害(ボーダーライン)やうつ病などの問題が起こりやすくなる。こういった安心感・信頼感が極端に欠如した機能不全家族で育てられた人のことをアダルトチルドレンと呼ぶこともあるが、アダルトチルドレンは疾患名ではなく親子関係の問題を抱えて生きづらさや対人関係の困難を実感している人の自己認識(暫時的な自己アイデンティティ)のことである。
言語機能が未発達な子どもに対する心理療法では、『遊戯療法・作業療法・描画療法(芸術療法)』のような非言語的な臨床技法が第一選択となるが、精神分析学では20世紀初頭から『児童に対する精神分析の有効性』が検討されてきた。児童(子ども)に対する精神分析のことを『児童分析(child analysis)』と呼ぶが、児童分析の有効性について肯定的なメラニー・クライン(対象関係論のクライン学派)と、児童分析よりも母子面接(家族療法)のほうが効果的とするアンナ・フロイト(自我心理学派)との理論的対立もあった。
対象関係論の創始者であるメラニー・クラインは、児童臨床で早期発達理論(早期母子関係)を重視しており、子どもの内面心理における対象関係(自分と母親の関係)を児童分析することで、子どもの心理的問題(心身症状)の本態を理解することが出来るとした。それに対してアンナ・フロイトは、主観と客観の区別が曖昧で言語機能が発達していない児童(子ども)に対して、言語的コミュニケーションによる児童分析を行うことは無意味(逆効果)であると考えた。

