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2008年07月27日

[S.フロイトの“死の本能(death instinct)”とC.G.ユングの“死と再生の元型”]

S.フロイトの“死の本能(death instinct)”とC.G.ユングの“死と再生の元型”

ジークムンド・フロイト(1856-1939)は、“生の本能(エロス)”に対置する“死の本能(タナトス)”が存在すると仮定したが、この死の本能の実在性については懐疑的な精神分析家も多い。フロイトの本能論における『死の本能(death instinct, Todestrieb)』とは、有機的化合物である生命体が自然世界に存在する無機物へと回帰しようとする本能的な方向性のことであり、あらゆる生物がいずれは死んで消滅するという性質を持っている以上、人間も動物も死の本能の制約性(有限性)を超えられないとする。

『死の本能(タナトス)』とは、物理学的なエントロピー(複雑性)の増大であり、生物学的な生命の秩序と精神的な安定性を破壊しようとする本能である。人間の生命や文明社会、文化的な成果を根底から破壊して『無』に帰そうとする戦争も死の本能の反映であり、人類の集合的な精神活動も絶えず生の本能と死の本能の葛藤にさらされている。

死の本能が生の本能を圧倒すると、自分を破壊しようとする衝動や他者を攻撃しようとする欲求が強まってくるが、通常は、自我構造における超自我(倫理規範)や経験的に獲得する現実原則によって死の本能は適応的に抑制されることになる。自己保存欲求(生存欲求・繁殖欲求)は『生の本能(エロス)』によって駆動されるが、エロスはリビドー(性的欲動)をエネルギー源とする本能であり、リビドーの適応的な充足によって自我は成長し安定することになる。リビドーを充足させるエロス(生の本能)とは、自我を成長させ環境に適応させる本能であり、精神構造の統合性を高めて長期にわたって存続させるという働きを持っている。

自己愛(ナルシシズム)を実現するリビドー(libido)を『自我リビドー(ego libido)』と呼び、対象愛(他者に対する愛情)を実現するリビドーを『対象リビドー(object libido)』と呼ぶが、精神分析の病理学ではリビドーの過剰な充足や抑圧が精神疾患(神経症)の原因になると考えた。精神分析ではリビドーを物理学的な数量的エネルギーとして捉えており、人間個人の所有するリビドーは常に一定で、自我リビドーに費やすリビドーが多くなると、対象リビドーに費やせるリビドーは減少すると認識していた。

S.フロイトは精神分析の臨床実践と精神病理学的な理論において、死の本能と希死念慮を伴う『うつ病(抑うつ状態)』の相関を指摘し、無意味な強迫行動を繰り返す『強迫神経症』や自罰的・自虐的な『マゾヒズム』も死の本能の影響を受けているとした。死の本能(タナトス)の概念を『自他に対する破壊衝動・攻撃欲求』と解釈して、臨床的に有効な理論を構築した分析家にメラニー・クラインがいる。メラニー・クラインは対象関係論学派の始祖とされる女性分析家であり、フロイトの二大本能論(生の本能・死の本能)を継承して、発達早期の母子関係における幻想的無意識において『死の本能(破壊衝動)』が母親の部分対象(悪い乳房)に向けられるとした。

科学的世界観を持つS.フロイトは、死の本能を有機物が自然的な無機物に回帰しようとする本能として捉え、『死』はすべての終局であり永遠の消滅であると定義した。しかし、フロイトの弟子のC.G.ユングは、正統的精神分析から離脱して独自の分析心理学を確立し、『死と再生(death and rebirth)』の元型的体験によって人間の精神や人格はより適応的・発展的に成長すると考えた。C.G.ユングは『物理的な死』よりも『象徴的な死』を重要視しており、『象徴的な死(精神的な死)』はすべての終焉(消滅)などではなく、更なる精神的な成長や個性化の実現のために必要なプロセスだと考えた。

夢や自由連想、イメージ、描画などに投影される『自己の死のイメージ・他者の死のイメージ』は、現在の自我が抱えている精神的危機や心理的困難を克服するために必要な『自己変容のイメージ・価値観変容のイメージ』なのである。精神的で象徴的な死をいったん経験して、そこから新たな価値観や自己概念を持った自分が再生してくるというのが『死と再生の元型』であり、C.G.ユングはこの前進的な精神プロセスを『創造的退行(creative regression)』と呼んだ。

posted by ESDV Words Labo at 01:40 | TrackBack(0) | し:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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