L.カナーの自閉症(autism)・自閉症スペクトラム・アスペルガー障害
自閉症(autism)とは、先天的な脳の機能的・器質的障害を原因とする発達障害(developmental disorder)であり、対人コミュニケーションや言語発達、知覚機能、社会性(他者への関心)などに障害が発生する。1943年に、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の児童精神科医レオ・カナー(Leo Kanner, 1894-1981)が、他者との感情的なコミュニケーションや言語的な機能に障害が見られる『早期幼児自閉症』を発見したのが自閉症の歴史の始まりである。
『自閉(オーティズム)』とは統合失調症の症状の一つであり、自己の内面世界に閉じこもって外部世界や他者の反応に関心を示さないことであるが、レオ・カナーが観察した初期の自閉症事例に、自閉的な『他者への関心の欠如・同じことを繰り返す常同行動』が見られたために『自閉』という用語が採用された。
現在の精神医学・発達臨床医学では、自閉症は広汎性発達障害(PDD:pervasive developmental disorder)あるいは自閉症スペクトラムの下位分類とされており、自閉症は対人行動様式に関連する発達障害の一種と定義できる。日本における自閉症の発生率は約0.1〜0.3%程度とされており、自閉症の男女比は4:1で圧倒的に男児に多い発達障害である。
他者(母親)への自発的な注意・関心が見られない自閉症は、通常、幼児期にある3歳児の頃までに診断されることが多い。思春期以降に診断が下される自閉症の多くは、高機能自閉症と呼ばれる『アスペルガー症候群(Asperger Syndrome)』であり、知的障害や言葉の遅れが見られない軽度のアスペルガー症候群では健常者(非アスペルガー障害)との境界線が曖昧になってくる。自閉症スペクトラムでは、『自閉の程度(他者への関心の強弱・コミュニケーション能力の高低)』や『知能指数の高低』によって自閉症を分類しており、知能指数が低い群を『低機能自閉症(カナー型自閉症・カナー症候群)』と呼び、知能指数(IQ)が正常な群を『高機能自閉症(アスペルガー障害・アスペルガー症候群)』としている。
高機能自閉症に分類されるIQの基準は、IQ70以上とされているが、稀に平均的な健常者のIQを大幅に上回る自閉症者もいる。特定の分野や知的能力(記憶力・再生力・計算力・数理的推測力)において圧倒的パフォーマンスを発揮する自閉症もあり、こういった特殊な自閉症群のことを『サヴァン症候群』と呼んでいる。自閉症スペクトラムとは、多様性・複雑性を持つ自閉症の内容を正確に理解するための操作的概念であり、ローナ・ウィングによって提唱された概念である。自閉症スペクトラムとは、自閉症を明確な境界線のない『段階的な連続体(虹の色のようなグラデーションの連続体)』として認識することを意味する。
アスペルガー症候群(アスペルガー障害)は、オーストリアの小児科医ハンス・アスペルガーが1944年に提唱した障害概念であり、対人関係やコミュニケーションの障害、特定の行動・興味への固執などが特徴である。自閉症やアスペルガー症候群では、他者の内面や感情を大まかに推測する能力である『心の理論』が障害されていることが多く、『他者の発言・表情・態度・その場の状況(雰囲気)』から他者の気持ちや考えを読み取ることが極端に苦手である。
この心の理論の障害が、対人関係やコミュニケーションの障害の原因になっていると考えられており、自閉症スペクトラムの療育やトレーニング(SST)ではどうやって相手の意図や感情を上手く推測させられるかが一つの大きな課題となる。しかし、現段階では『心の理論』を完全に回復させるような本質的な治療法はなく、行動療法的に『こういったケースではこのように反応したほうが良い・話す時にはしっかりと相手の顔を見て話す・相手の言っている内容を丁寧に聞いてから自分の意見を話す・こういった遠慮のない表現で話すと相手を傷つけるのでやめる』といった行動レベルでの矯正に集中することが多くなっている。
自閉症含む広汎性発達障害には、確立した根本療法は存在しないが、社会生活への適応度を高めるために認知行動療法やTEACCH、SST(ソーシャル・スキル・トレーニング)などが実施されている。自閉症の根本原因は、脳の形成過程の機能障害・成熟障害にあると推測されるので、本質的な治療の開発のためには脳神経科学や神経薬理学、遺伝子工学などのより一層の進歩が期待されるところである。
ローナ・ウィングは自閉症スペクトラムの障害の特徴として、以下の『ウィングの3つ組』を上げている。
1. 対人関係における社会性の障害
2. 言語的コミュニケーションの障害
3. 常同行動への固執性(活動・興味の極端な限局性)