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2008年09月10日

[地方自治権の固有説と委任説:中央政府と地方自治体の力関係]

地方自治権の固有説と委任説

『前回の記事』では、地方自治の歴史と中央集権国家の成立について述べたが、地方自治の権限・強度は各国の近代化の過程に大きく依拠している。統一的な政治権力を付与された近代国家の形成過程によって、地方自治権がどのくらい強いのかが変わってくるわけだが、『日本・ドイツ・フランス』といった市民社会・地域社会の政治基盤が中央政府の補助金政策によって抑制されている国では地方自治権が弱くなる傾向がある。地主・貴族階級の影響力が強く残存していたイギリスは『地方自治の模範生』と言われたこともあったが、地主階級(領主階級)・市民社会・地域社会の連合体として近代国家が形成されていった『アメリカ・イギリス・スイス』といった国では地方自治権が相対的に強くなっている。

地方自治権を基礎づける伝統的理論には、地方自治体など地方政権には固有の自治権(行政権)が元々備わっているとする『固有説』と中央集権国家の主権の委譲によって初めて自治権が認可されるという『委任説(委譲説)』とがある。固有説は地方自治体(地方社会)の自然的自立性と歴史的起源性に重点を置いた理論であり、人工的な中央政府(国民国家)よりも自然発生的な地域社会(地方政権)のほうがより本質的な政治権限を持つと考える。

一方、委任説は国民相互の社会契約によって成立した中央政府(統一国家)の国家主権を絶対的なものと定義し、地域社会(地方自治体)は国民国家の行政単位・構成単位に過ぎないと考える。固有説では『地方自治体・地域社会の自立性』が前提とされ、地方自治体の相互契約によって国家権力が有効になると考えるが、委任説では『地方自治体・地域社会の従属性』が前提とされ、不可侵の国家権力によって地方自治体に政治的権限が分配・委譲されるというように考えるわけである。

近代国家(近代社会)成立以降の歴史において、地方自治体(地域社会)が衰退してきた理由としては、『地域コミュニティの相互扶助・教育機能』『中央政府が提供する社会保障制度・公共投資事業』が取って代わったというのが一番大きな理由であろう。前近代社会では、お互いに顔が見える地域社会(村落共同体)の範囲で、経済生活を助け合い暮らしの苦境を思いやってきたが、『農業経済から工業経済への産業転換』や『農村から都市への移住』が起こったことで、土地に根づいた農民の多くが企業・官庁に所属するサラリーマンになり、地域コミュニティ内部の相互扶助システムから離脱することになったのである。

近代国家(中央政府)が豊富な財源を元にして『義務教育・社会保障・社会福祉・公共投資(公共事業)・社会インフラ・公衆衛生・公的年金』を提供するようになり、そこにサラリーマンに対する企業の福利厚生が加わったことで、財源の乏しい地方自治体(地方公共団体)が実施できる公共サービスはごく限定的で頼りないものになってしまったのである。国家が提供する公共サービス・社会保障が増大したことで、現代では『大きな政府』の弊害として『官僚行政機構の肥大・財政赤字の拡大・国民の主権者意識の低下』といった問題も生まれてきているが、19世紀的な中央政府と地方自治体のバランスは大きく崩れてしまっている。『大都市の過密化』と『地方農村部の過疎化・高齢化』は進む一方であり、都心と地方の格差拡大や社会インフラの未整備などの課題も解決が困難な問題となっている。

啓蒙思想家のジャン・ジャック・ルソーは、市民が直接的に政治的意思決定に参加する『地方自治』に民主主義のポリス的な原型を見出したが、現代では『地方自治体の行財政の体力基盤』『地方在住者からの税収力』が大幅に低下しており、中央政府から自立した地方自治体の独立的な政治的意思決定は依然として困難な状態にあると言わざるを得ない。有権者のパイの小ささから直接民主主義的な意志決定を行いやすい地方自治は、『民主主義の学校』とも呼ばれることがあるが、参政権を持つ国民ひとりひとりが『国家的なマクロの視点』だけではなく『地方的なミクロの視点』も持って投票の権利を行使することが求められている。



posted by ESDV Words Labo at 01:05 | TrackBack(0) | ち:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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