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2008年12月14日

[日本の近代化の歴史と忠誠(royalty)の概念:『封建君主・藩(地方政権)・国家・企業に対する忠誠心』の推移]

日本の近代化の歴史と忠誠(royalty)の概念:『封建君主・藩(地方政権)・国家・企業に対する忠誠心』の推移

現代の日本社会では国民に対して『忠誠・忠誠心(royalty)』を求める機会は少なくなっている。しかし、四民平等が実現された近代以降の日本社会でも、アジア・太平洋戦争(大東亜戦争)において国民の国家(国体・天皇)に対する忠誠心がナショナリスティックに喚起されたように、近代国家(民族国家)と忠誠心・愛国心との間には密接な相関が見られる。『特定の権威・集団・思想(理想)』に対して人々の忠誠心(貢献・奉仕)を要請する状況(活動)は少なからずあるが、人類の歴史の中で最も大規模で抽象的な忠誠心を生み出した集団統合の思想が『ナショナリズム(国家主義)』『ファシズム(全体主義)』『世界宗教(キリスト教・イスラーム教)』である。

現代の先進国では法制的に『特定の個人や集団(権力者・独裁者・有力者)』に対して忠誠(忠誠心)を強制することはできないということになっているが、人間集団における制度的な忠誠心の起源を遡ると封建主義体制における『主従関係(臣下の主君に対する忠誠・奉公)』に行き着く。忠誠(ロイヤルティ)とは『自分よりも上位にある存在者(権威・権力・人格)』に自発的に服従して奉公するということであり、日本の歴史では鎌倉幕府の武家政権における『ご恩と奉公』の仕組みに制度化された忠誠心の原初形態を見ることができる。平安時代の朝廷(天皇)の権威や律令制に対する忠誠心というものも無視することはできないが、伝統的権威である天皇への忠誠を強調する『尊王思想』が本格的に台頭するのは、江戸時代末期の国学・朱子学・水戸学の『倒幕につながる歴史的文脈』においてである。

鎌倉幕府・室町幕府・江戸幕府といった『武家政権』における忠誠心の基本原理は『ご恩と奉公』である。即ち、『領地・俸禄(給与)』を家臣に賜与したり安堵(保障)したりする主君(幕府・藩主・戦国大名)に対して『ご恩(恩義)』を感じ、家臣がそのご恩に報いるために主君に危難がある時には『奉公(軍事的な加勢)』をするというものであった。近代国家が成立する以前の封建主義的な『忠誠心』は、パーソナルな主従関係に基づく心情的なものであると同時に、現実的な生活を支える土地・報酬と結びついた経済的なものでもあった。

江戸時代の『武士道』の根本にあるのは『主君に対する服従・忠義・奉仕』であり、戦国時代の下剋上の先例で崩れた『主従関係の忠誠心』を再建するために、徳川幕府(徳川将軍家)は『忠孝の義』を第一とする儒学の朱子学を国学に据えたのである。絶対的な主君への忠誠を本質とする『武士道の精神』をマニュアル的に記述したものとして、肥前国鍋島藩藩士・山本常朝(やまもとじょうちょう)が書いた『葉隠(はがくれ)』があり、『武士道と云うは死ぬことと見つけたり』というのは自我(自己へのこだわり)を徹底的に滅却して主君に奉公することを象徴する警句である。

19世紀後半の戊辰戦争・江戸城無血開城によって徳川家の江戸幕府が倒れると、薩長主体の明治維新によって日本の近代化が進められ、『武士道・儒学に由来するパーソナルな忠誠』『国家・天皇に対するナショナルな忠誠』へと置き換えられていくことになる。近代国家の政治を主導する明治政府は士農工商と武士の階級による『身分制度』を否定して、『幕府・藩主への多元的・地域的な忠誠心』を『国家・天皇への一元的・全体的な忠誠心』に変質させた。『国民統合の象徴』としての国体(国家)と天皇(伝統権威)への国民の忠誠を強化することで、藩単位の分権的な内部対立を抑制することに成功し、強力な中央集権国家を樹立することが出来たのである。

『滅私奉公の忠誠』を前提とする『富国強兵・殖産興業』を継続的に推進することで、明治政府は日本を西欧列強と並ぶ主要国に成長させたが、その一方で国家防衛・大東亜共栄圏を大義名分とする軍事的膨張によって帝国主義や国民の自由の統制という弊害も生まれてきた。アジア・太平洋戦争(第二次世界大戦)の敗戦により、日本の国家・天皇に対する全体主義的な忠誠原理(臣民の奉仕原理)はご破算となったが、その後の経済大国路線における高度経済成長期には『終身雇用・年功序列賃金』を提供する『企業』に対する忠誠が要請されるようになった。

高度経済成長期に『企業戦士』と呼ばれたサラリーマンは、現在では『仕事人間・ワーカホリック』と呼ばれる人たちと重複する部分があるが、過去と現在のサラリーマンを比較すると『企業に対する忠誠・奉公の原理』は格段に弱くなっている。その理由としては日本の雇用慣行であった『終身雇用・年功序列賃金』がグローバル経済の競争の中で崩れ始め、企業がサラリーマン(従業員)の忠誠心を十分に引き出すだけの『給与と身分の保障(ご恩)』を与えられなくなったという背景がある。2008年現在の世界同時不況において大企業の『派遣労働者の切り捨て』が問題となっているが、企業が被雇用者(従業員)の経済生活や身分保障を行えなくなったことにより、労働市場における忠誠原理は大きく低下した。

派遣労働者やフリーター・パート、無職者などの増大により、『企業からのご恩(給与・身分)』を十分に受け取れない層が急速に拡大しており、今後も社会全体を特定の原理・仕組みに統合していく『忠誠原理(自発的服従)の復権』はほとんど見込めない状態である。『特定の集団・組織・個人』に自発的に服従する『忠誠(ロイヤルティ)』というのは、表面的に見ると『現代の身分格差や権力関係の図式』を強化する悪いものとして受け取られやすいが、『自己アイデンティティの強化・社会秩序の安定化』という良い作用もあり、一切の忠誠がスポイルされた個人は自分の果たすべき役割や目標を見失って自己アイデンティティの拡散を起こしやすくなる。

自由主義・個人主義・経済格差が浸透した現代日本において、『忠誠原理』は極めてパーソナル(個人的)でプライベートな関係原理に変質してきており、『家族・恋人・親友に対する相互恩恵』が個人の自己アイデンティティの中核に置かれやすくなっている。忠誠の対象とは『自分がこの世界において強く信頼しているものの象徴』であり、『自分以外の何か』に忠誠や奉仕の心情を抱くのは孤立に不安を覚える人間の本能的側面もあるだろう。外部の権力に強制されない自発的な忠誠は『個人の生き甲斐』や『自己の存在意義』とも関わる側面があり、社会道徳や経済活動、政治情勢の流動性・不安定性が格段に高まっている現代社会では、自分なりの価値観を定立して『過去の忠誠の対象』に代わる何か価値あるものを発見する必要があるのだろう。



posted by ESDV Words Labo at 17:10 | TrackBack(0) | ち:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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