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2008年12月23日

[近代哲学の対象化とマルティン・ハイデガーの脱自(エクスターゼ)]

近代哲学の対象化とマルティン・ハイデガーの脱自

古代ギリシアのソクラテスプラトンから始まる形而上学は、『真・善・美』といったイデアを観想して追求する哲学であり、現象世界において知覚できない『真理(イデア)』を対象化した精神的営為であった。ルネ・デカルトの根本原理としての『自我の発見』から始まる近代哲学は、デカルトの『我思う、故に我あり』の言葉に象徴されるように、“私(自我)”という主観(subject)が“モノ・現象”としての客観(object)に働きかける形式の精神的営為である。

“主観(主体)”と“客観(客体)”の関係をどのように認識するのかという哲学史上の問題(トピック)は『主客問題』として有名である。近代哲学の歴史的経緯の中で主客問題に重要な業績を残した思想として、エドムンド・フッサールの現象学セーレン・キルケゴール以降の実存主義などがある。しかし一般的に、人間の精神活動は『現実的な対象物』を対象化(客体化)していくという本質からは逃れられず、人間の精神機能である『感覚・知覚・認知・思考』は対象化の作用を内在している。

自然界のモノ(事物)や人間社会の出来事(事象)などは、それそのものが『人間(主体)にとっての客体(対象)』というわけではなく、人間の意識作用(感覚・知覚・注意・思考)が加わった場合に『客体(対象)』となって立ち上がってくる。即ち、主体(主観)と客体(対象)との相関関係によって『客体(対象)』が生成されるのであり、客体を生成する対象化作用が人間の意識・自我なのである。

人間の意識(自我)とは無関係に客体(対象)が実在するという『唯物論』のような立場もあるが、人間の築き上げてきた文明・科学・道具(機械)と対象化作用を切り離して考えることはできない。対象化作用が人類にもたらした最大の影響は『科学技術の開発(自然界の征服)』『物質文明の豊かさ』であり、その反作用として『石油文明による環境破壊』『欲望の肥大によるエゴイズム・戦争』などがある。

人間(自我)がモノ(事物・現象)を見たり聞いたりすれば、それによって『対象化作用』が起こりイメージ(知覚像)や観念が生成することになるが、更にモノ(事物・現象)を利用したり制作したり支配したりしようとする『生産労働・支配の力学』がそこに働くことになる。人間の生存と物質生活は、物理的にも精神的にも対象化作用に依拠しており、対象化作用による『知的体系』『労働行為(生産行為)』によって人間社会の利便性と進歩が生み出されてきたのである。自我の対象化作用には、人間社会の文明・技術・豊かさを進歩させてきたという明確な利点(功績)があるが、対象化作用は『対象を支配(把握)しようとする暴力性・支配性』を内在しているので環境破壊・資源枯渇・戦争行為といった多くのデメリットをも生み出してきた。

そういったデメリットを乗り越えるために、現代思想の哲学者たちは生産性・効率性にとらわれない『非対象化の思想』を多く考え出してきたのだが、マルティン・ハイデガー(1889-1976)『脱自(エクスターゼ)』の概念も非対象化を意図した思想の一つに位置づけられる。ハイデガーは人間を『現存在』と呼んで世界に投げ出されている存在として定義したが、現存在は本来的に時間軸に沿って『死』を志向するという特徴を持つ。

しかし、一般的な人間(世人)は日常性の中で『死』を志向するような本来性から頽落しており、『現存在にとって重要ではない俗事』に曖昧にかかわり合っていくような『非本来性』の中で生きている。ハイデガーの思想の中核は存在に意味を与える『時間』にあるのだが、非本来的に『死(生の有限性)』を無視して生きる『世人』たちが現存在の本質を直視する『本来性』に回帰するにはどうしたら良いのかということがテーマになる。

一般的な人々(世人)は有限の時間との関係の中で『自己の実存性(本来性)』を自覚することができない。その結果、多くの人は現存在(人間)と時間の本来的関係を見失ってしまうのだが、それは『過去』を忘却し『現在』を受容し『未来』を予定化するといった頽落の態度となって現れる。

人間が本来性に回帰するためには『今から私は目標を達成する』というような意識的な先駆的覚悟性が必要となるが、ハイデガーは未来を予見するような精神の非対象化的なあり方(デカルト的な固定された自我からの離脱)を『脱自(エクスターゼ・エクスタシー)』と呼んだのである。まだ現実化していない『未来の時間』を想起したり覚悟したりする時には、人間は現時点での『静的な自我』から抜け出して、可変的で流動性のある『脱自(エクスタシー)』の状態に移行することになる。

posted by ESDV Words Labo at 00:55 | TrackBack(0) | た:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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