老荘思想のタオイズムとカプラのタオ自然学
古代中国の春秋戦国時代(紀元前770年〜紀元前221年)には『諸子百家(百家争鳴)の思想』が隆盛したが、孔子・孟子の確立した『儒家(儒学)』と対照的な教義・理念を持つ学派が老子・荘子の『道家』である。道家の思想は『老荘思想』とも呼ばれるが、身分秩序に基づく徳治政治(王道政治)を説く孔子・孟子の儒教とは異なり、老荘思想は『世俗の政治・名声・利益』からできるだけ遠ざかろうとする『隠遁思想』としての特徴を持っている。
『孔孟の道』とも呼ばれる儒教(儒学)は天命に従う士大夫(為政者)の徳目と実践を説く『世俗の“陽”の思想』であり、老荘思想と呼ばれる道教(道家)は『無為自然(人為的な行動を何もせずに自然に任せること)』を行動原理とする隠遁者としての生き方を説く『脱俗の“陰”の思想』というように捉えることができる。
道家の始祖である老子(B.C.5世紀頃)はその歴史的実在が確認されていない謎の人物であり、姓は李、名は耳、字(あざな)をタンといったとされる。老子は道家の思想を比喩的にまとめた『老子(老子道徳経)』を書いているが、その文章は短くて曖昧であり老子の『道(タオ)』と『無為自然』の思想の全貌を詳しく解き明かしているものではない。
老子のタオイズムとも呼ばれる『道(タオ)』の思想は、万物の根本原理と世界の本質的要素を『道』と呼ばれる抽象的な概念に置くものであり、老子は世界に存在するあらゆる事物と現象は『道』より生まれでて『道』へと消え去っていくと考える。『道』は余りに広大で無限であり人間の知性(認識力)の限界を超えているので、道とは何なのかを人間の知性や言語で正確に定義し尽くすことはできないとされ、老子のタオイズムは東洋神秘思想の主要な源流の一つとなっている。
人為を廃して自然のままにあろうとするタオイズムの基本的な理念は、釈迦(ゴータマ・シッダールタ)が創始した仏教の『諸行無常・諸法無我』の法とも相関しているが、中国では老子が西方(インド)の地で釈迦となり仏教を開設したという『化胡説』が唱えられたこともあった(老子と釈迦が同一人物であるというのは史実ではないが、どちらも現実の人物に接近できるほどに十分な歴史資料があるわけでもない)。
老子の神秘主義的なタオイズムの思想は近代以降にも生き残り西欧世界にも伝播して、哲学者・宗教者・科学者など広汎なジャンルの人たちに大きな影響を与えている。宗教理念や神秘思想から最も遠い位置にあると思われている現代科学の研究をする科学者の中にも、精神主義的な東洋思想(老子の思想)の影響を受けた人たちは少なからずいる。
その代表的な人物が、素粒子物理学・システム論などの研究をしていたフリッチョフ・カプラ(Fritjof Capra, 1939-)である。フリッチョフ・カプラはニューエイジやディープ・エコロジーの思想潮流において重要な役割を果たしたが、東洋神秘思想と現代物理学を架橋する内容になっている『タオ自然学(1979年)』はニューエイジ・ムーブメントの流行の中で高い人気を得ることになった。
フリッチョフ・カプラは『タオ自然学』の著作の中で『人は地を規範とし、地は天を規範とし、天はタオを規範とし、タオは自然を規範とする』という老子の言葉を引用しているが、ヒンドゥー教の主神であるシヴァの踊る原子レベルまで振るえるようなダンスを経験したという神秘体験(超常現象)についても報告している。
カプラは東洋神秘思想が説く『あらゆる事象の相互連関性(相即性)』を、現代物理学が明らかにした不確定性原理などと結びつけて考え、運動エネルギーと質量の交換可能性について示唆していた。ニュー・エイジそのものは非科学的な観念性を指摘されて下火になっているが、カプラの神秘主義と現代物理学をイメージで結び付けようとする試みは、実証的科学性にこだわらない東洋古来の精神性の観点からは興味深いものである。

