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2009年01月22日

[沈黙交易(silent trade)と経済取引の起源]

沈黙交易(silent trade)と経済取引の起源

沈黙交易(silent trade)とは、対面コミュニケーションや直接の価格交渉を行わずに実施される特殊な形態の交易(物品・農作物の交換)のことである。沈黙交易には神話的側面も指摘されるが、原初的な交易形態として歴史的事実であるとされている。沈黙交易による物品・農作物の交換形態には『置き去り型』『間接交渉型』の二つの分類が観察されている。中央アフリカの熱帯雨林で生活する身長の低い狩猟採集民族のピグミーは、過去に農耕民族との間で『置き去り型』の沈黙交易をしていたと考えられている。

中央アフリカのピグミーの沈黙交易とは、熱帯雨林の傍近くにある農村に出かけていって無断で『農作物』を採集して、その農作物の代わりに『狩猟の獲物(肉)』を置いて立ち去るというものである。農耕民の立場からするといつの間にか知らない内に『農作物』を取られて、その代わりに『狩猟の獲物(肉)』が置いてあるのを発見するということになる。置き去り型の沈黙交易には『交換の交渉による同意』がなく、その交易の成立は偶発的で非意図的なものである。

『間接交渉型』の沈黙交易はインドネシアのマレー人などが行っていたとされる交易形態であり、双方の交易者が『相手の動向・物品』に注目しながらも直接的な接触・コミュニケーションを行わないという方法である。特定の交換場所に『二つの集団』が集まるが直接的に顔を合わせることはなく、一方の集団が『持参した物品』をその場所に置いて姿の見えないところまで引き下がる。すると、他方の集団がその場所まで出てきて、『相手の物品』を品定めして検分し、『その物品に見合うと思う物品』をそこに置いて立ち去る。そういった『双方の物品の品定め行為』を何回か繰り返して、お互いが『物品の交換価値』に納得した時点で相手がその交易場所に置いた物品を持ち帰るのである。

『間接交渉型』の沈黙交易は相手と直接的な接触やコミュニケーションをしないものの、意図的に『自己の持参した物品』と『相手の持参した物品』を直観的・実用的に等価交換するための作業を繰り返し行っており、人類の経済取引の起源の一つとして解釈することができる。日本の民俗学者・岡正雄(おかまさお,1898-1982)は、『異人伝説』の椀貸し伝説に沈黙交易の本質を見出している。椀貸し伝説というのは『貧しい農民』と『池・沼』との間で行われた沈黙交易の伝説であり、貧しい農民が池・沼からお椀を借りた時に『お礼の品物』を添えてお椀を返さないと、池・沼がお椀をもう貸してくれなくなるという伝説である。

池(沼)は『竜宮』と関係する象徴的な存在とされているが、沈黙交易の『相手』は竜宮や神霊、異人のような『異質性・神秘性を持つ非現実的な存在』と見なされていると岡正雄は考えた。つまり、沈黙交易とは『対等な人間同士の交換関係』というよりも『異質な神霊・異人との交換・贈与関係』なのであり、人間の原初的な経済取引(外部世界とのコミュニケーション)である沈黙交易は『原始的共同体の外部』へ恐る恐るアクセスしようとする行為であった。未知の世界(異界)である『共同体の外部』と物品交換を通して関係を持とうとする沈黙交易は、神話的・伝説的イメージに包摂されているが、『貨幣経済=価格交渉の発達』と共に次第に姿を消したと推測されている。



posted by ESDV Words Labo at 22:42 | TrackBack(0) | ち:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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