精神遅滞(mental retardation),精神薄弱(mental deficiency):知的障害
精神遅滞(mental retardation)とは先天性の精神発達の全般的な遅れのことを意味する概念であるが、特に知的機能の発達が大幅に遅れた状態像のことを指している。現在では、精神遅滞や知恵遅れという概念は用いずに、『知的障害』のカテゴリーに分類されることも多いが、知能の発達水準はビネー式知能検査やウェクスラー式知能検査といった知能テストによって測定される。精神遅滞や知恵遅れという言葉には、『差別・偏見・誤解』につながるという批判が根強くあり、現在では知的障害という呼称が一般的である。
精神遅滞という概念は1994年頃から日本で使われるようになったが、それ以前には精神薄弱(mental deficiency)という概念で知的障害が表現されていた。精神薄弱とは知的機能が発達年齢に応じて成熟することがなく、知的機能が未熟で弱いままであるという意味であるが、精神遅滞よりも『確定度・固定性の高い知的障害』に対して用いられていた。精神薄弱は知的水準が明らかに標準よりも低く、学校教育や社会適応に大幅な障害を抱えている状態のことを指す概念であった。現在では、精神薄弱という概念は法律用語や行政用語に痕跡を残すのみで、一般的な精神医学や発達臨床心理学、教育学の分野で精神薄弱という言葉が用いられることは無くなっている。
米国精神薄弱学会(AAMD)の定義では『精神遅滞とは、一般的な知的機能が有意に平均より低下しており、適応行動における障害を伴う状態で、それが18歳以下の発達期に現れるもの(1973)』とされているが、精神遅滞はいわゆる精神疾患(心の病気)と同列のものではなく、その個人の尊重されるべきパーソナリティの特徴である。今では『精神年齢÷生活年齢(実年齢)』で測定される知能指数(IQ:Intelligence Quotient)を基準にして精神遅滞(知的障害)の診断が下されるが、ビネー式知能検査ではIQが68以下(100が標準)の子どもを精神遅滞と判断している。アメリカ精神医学会が編纂するDSM‐Wの診断基準では、IQ70以下が知的障害と診断される。
精神遅滞の人は知能水準が明らかに標準を下回っていて、日常生活の様々な活動場面のうち2つ以上に関して、状況対応能力(適応能力)が限定されてくる。日常生活の活動場面には、以下の5つが想定されている。
1.他人とコミュニケーション(意思疎通)をすること。
2.自宅で通常の生活をすること。
3.意思決定を含めて身辺動作(身の回りのこと)を自分ですること。
4.余暇活動、社会活動、学校活動、作業活動などへの参加。
5.自分の健康状態と安全管理に最低限の注意ができること。
精神遅滞(知的障害)には『知能指数(IQ)の高さ』と『問題・障害の内容』によってさまざまなレベル(水準)があり、それぞれの障害の程度・レベルに見合った適切な療育や教育体制、生活援助(介助)が必要になってくる。精神遅滞のレベルは『軽度(IQ52〜68)・中等度(IQ36〜51)・重度(IQ20〜35)・最重度(IQ19以下)』に分類されるが、重度と最重度の場合には社会的能力・職業能力の習得は極めて困難であり、生活支援・環境管理(保護された環境の整備)や介助・介護などが必要になってくることが多い。
軽度の知的障害を持つ人の場合には、適切な生活習慣のトレーニングをして、自分に適した職業能力を身に付ける療育が行われれば、一定以上の社会適応能力を習得して自立することが可能である。軽度・中等度の知的障害者の場合には、最終的に精神年齢が10〜12歳前後までは発達することが多い。そのため、適切な特別教育の支援によって『基礎的な学力(言葉・算数・コミュニケーションの方法)』を身に付けられれば、社会生活・職業活動に自分らしく適応することが十分に期待できる。
適応的行動スキル(adaptive behavior skill)には概念的スキルとして、『言葉の理解と表現・読み書き・お金の概念・自律性・社会的スキル(コミュニケーション能力)・対人関係・責任能力・適切な自己評価・常識やルールに従う・犠牲の回避・ナイーブさ・だまされにくさ』などがある。適応的行動スキルの実践的スキルとしては、『日常生活動作(ADL)・食事・身支度・移動・排泄・食事や家事の準備・服薬・電話の使用・お金の管理・職業スキル・身体の安全確保』などがある。