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2009年04月13日

[『不立文字・教外別伝』を基本思想とする禅宗の歴史:臨済宗と曹洞宗の坐禅(瞑想)の実践]

『不立文字・教外別伝』を基本思想とする禅宗の歴史:臨済宗と曹洞宗の坐禅(瞑想)の実践

『前回の記事』の続きになるが、代表的な鎌倉仏教として、法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、一遍の時宗、日蓮の日蓮宗(法華宗)、栄西の臨済宗(禅宗)、道元の曹洞宗(禅宗)がある。鎌倉仏教の内、『浄土宗・浄土真宗・時宗・日蓮宗』は、“念仏・題目・踊り念仏”などの誰でもできる簡単な信仰の実践(念仏や題目を唱えたり踊ったりすること)で、極楽浄土や抜苦与楽が約束されると教えたので、農民・町人をはじめとする一般大衆から絶大な支持を受けることになった。

厳しい修行や瞑想、勤行(生活規律)を通して解脱(悟り)の境地を目指す『禅宗(臨済宗・曹洞宗)』はストイックな武士階級から大きな支持と信仰を受けることになる。室町幕府の武家政権では『鎌倉五山』『京都五山』と呼ばれる禅宗寺院が、3代将軍・足利義満から指定されて禅宗信仰・実践の拠点となった。亀山上皇が開基である京都・南禅寺(なんぜんじ)は、鎌倉五山と京都五山の上位に立つ別格の寺院とされているが、室町時代には禅宗の臨済宗が国教に近い位置づけを得ていた。

『禅(ぜん)』という言葉は、サンスクリット語の『ディヤーナ』やパーリ語の『ジャーナ』の音を中国語で表現した『禅那(ぜんな)』に起源がある。禅は『禅定(ぜんじょう)』と呼ばれたり、仏教の修行法の一つである『定(じょう)』と呼ばれたりすることもあるが、禅の創始者はインドの王族で出家し座禅修行をした伝説的名僧・ボーディダルマ(達磨,345-495)である。禅の語源である『ディヤーナ』はサンスクリット語で、『精神統一・雑念のない精神の安定』を意味しているが、禅の前身として古代インドには呼吸法によって心身を安定させ健康にする『ヨーガ(瑜伽)』というものがあった。

精神を集中して心身のバランスを安定させる呼吸法である『ヨーガ(瑜伽)』の技法を改良して、仏教修行に応用したものが『禅』である。『悟り(解脱)』に至る仏教修行の代表的な実践方法として『戒(シーラ)・定(サマディ)・慧(パンニャ)』の三学があるが、禅宗は『定(サマディ)』を重要視する仏教の実践形態の一つである。『戒(シーラ)』は、仏教の禁欲的な戒律を守って厳しい生活規律の中で悟りに接近しようとする実践であり、『慧(パンニャ)』というのは、主に経典の学問や知的研鑽によって『世界の真理(人間存在の本質)』を唯識論(認識論的転回)で体得しようとするものである。

座禅・瞑想によって精神を統一して『真理・悟り』を得ようとする実践的修行法は、古代インドの禅宗にその起源があるが、中国仏教の禅宗を大成した僧侶として東山法門(禅宗宗派)の六祖・慧能(えのう,638-713)がいる。

中国の禅宗の六祖・慧能は、『定慧一等(じょうえいっとう)・禅戒一如(ぜんかいいちにょ)』を説いて、三学の『戒・定・慧』を座禅・瞑想を修行法とする『定』に一元化して統一した。栄西(えいさい,1141-1215)が日本に輸入した臨済宗(りんざいしゅう)の始祖は、臨済義玄(りんざい・ぎげん)という唐末期の中国の僧侶であり、臨済義玄は弟子の座禅の崩れあるいは心の乱れを『喝(かつ)』という気合の入った叱正で修正していたという。

道元(どうげん,1200-1253)が日本に導入した曹洞宗(そうとうしゅう)は、永平寺(福井県)・總持寺(横浜市鶴見区)に本山を置く厳しい座禅・瞑想の修行で有名な宗派であり、曹洞宗の始祖は唐末期の洞山良价(とうざんりょうかい)にまで遡る。禅宗の根本原理は、言葉・経典では仏法の悟り(解脱)の奥義を知ることができないという『不立文字(ふりゅうもんじ)』『教外別伝(きょうげべつでん)』にあり、座禅(瞑想)の修行や子弟の以心伝心の対話によって仏教の奥義を悟ることができると考える部分に特徴がある。

栄西の臨済宗では、師匠と弟子が『悟りにつながるヒントを含んだ課題』について対話する『公案・禅問答』が重視されるので、臨済宗の禅は公案禅(こうあんぜん)と呼ばれることもあった。

道元の曹洞宗は『公案』よりも『只管打坐(しかんたざ)』を重視して、ただひたすら自我を離れて座禅(瞑想)に没頭することで悟りに近づくと考えたので、曹洞宗の禅は沈黙して自己と静かに向き合う『黙照禅(もくしょうぜん)』と呼ばれることもある。曹洞宗では、只管打坐の邪念の無い『黙照禅』を終わりなく無限に続けることが『仏教の悟り・解脱』に合致することになると説く。

こういった修行と成就(悟り)を一元化させる曹洞宗の理念を『修証一如(しゅうしょういちにょ)』と呼ぶが、禅宗の本質は『公案・只管打坐』の実践を通して自己に内在する仏性(成仏の要素)を洞察すること、そして、あらゆる苦悩・迷いを克服した涅槃寂静(成就者)の『悟りの境地』に到達して衆生救済に向かうことにある。

江戸時代には隠元隆g(いんげんりゅうき)・禅師が臨済宗の教えを再興して、『黄檗衆(おうばくしゅう)』を開設して栄えたが、黄檗というのは臨済義玄の師匠の黄檗希運(おうばくきうん)の名前から取ったものである。禅宗の曹洞宗は地方豪族(土着の下級武士)や一般民衆(農民)に普及していったが、臨済宗は室町幕府の武家政権に支持されることになり、幕府に近い上級武士の間で臨済宗の信仰が盛んになっていった。

20世紀には、仏教学者である鈴木大拙(すずきだいせつ,1870-1966)が英語でアメリカやヨーロッパ諸国に『禅の思想や坐禅の実践』を伝えることになり、『物質文明・資本主義経済・自我中心主義』に対するアンチテーゼとしての意味合いを持つ『禅(Zen)』が西欧文明圏で大ブームとなった時期があった。



posted by ESDV Words Labo at 16:26 | TrackBack(0) | ふ:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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