壮年心理学(adulthood psychology)と中年期の危機
壮年心理学(adulthood psychology)は『30代〜50代の壮年期(中年期)』を研究対象にする発達心理学である。壮年期心理学という分野はメジャーなものではないが、自己アイデンティティを段階的に確立する『思春期・青年期』の後に訪れる『壮年期(成人期・中年期)』の発達課題や精神的危機、発達の法則性・プロセスなどを研究する学問である。『老年期』を迎えるまでの心理的成熟や精神の安定などに役立てることを目的の一つとしているが、『中年期の危機』を研究した心理学者・精神分析家にカール・グスタフ・ユングがいる。
C.G.ユングは中年期を『人生の正午』と呼んだが、人生の正午というのは人生における気力体力や社会的地位(社会的役割)がピークに達することであり、中年期以降は徐々に気力体力や社会的影響力が衰える『斜陽の季節』に入っていくことになる。厳密には、30代〜50代の『壮年期』は『中年期』よりもやや幅の広い概念であり、『中年期=斜陽の始まり』というイメージに対して『壮年期=生産性が高い働き盛り』というイメージが持たれやすい。
壮年期は、気力と仕事状況(職業生活)が充実しやすい時期であると同時に、結婚して家庭を築き子どもを育てるという役割を持っている人が多い時期でもあるので、一般的には『人生の最盛期・充実期(生産性が高まる人生のピーク)』として認識されやすい。E.クレッチマーの青年期危機説では、就職や恋愛(異性関係)、友情(友人関係)などを巡って自己アイデンティティを確立していかなければならない『青年期』は不安定な時期で精神的危機に陥りやすいとされるが、『壮年期』は常識的には青年期よりも安定した変化の少ない時期とされている。
しかし、『壮年期』は今までの自分が積み重ねてきた『人生の業績・成果・意味』が問われるという点では厳しい時期であり、長い時間をかけて作り上げてきた『職業生活・家族関係・社会的役割』が失われると深刻な精神的危機や絶望状態に陥りやすくなる。『壮年期・中年期の危機』を現実化する発達上のリスクとしては、『リストラ・失業・離婚・子どもの自立(孤独な空虚感)・老親の死』などがあるが、壮年期の人たちは平均的に安定した社会生活を営んでいるので、自分だけが社会生活・職業活動・家族関係で失敗してしまうとその喪失感や悲しみは非常に大きくなる。
また、20代の青年期(成人期前期)とは違って、30代以上の壮年期では人生全体の設計・活動のやり直しが難しい面があるので、『壮年期・中年期における失敗や挫折』は大きな心理的苦痛の原因となり、ストレス反応性の精神疾患(うつ病・適応障害)のリスクが高くなるのである。エリク・エリクソンの発達理論であるライフサイクル論では、成人期前期の発達課題と発達上の危機は『親密性・孤立(家族的関係の構築を巡る葛藤)』とされ、成人期後期=壮年期の発達課題と危機は『生殖性・自己停滞(次世代の出産と育児・教育)』とされている。
過去の発達心理学では、人間の精神状態の発達・成熟は青年期(20代の成人期前期)で完成すると考えられていたので、壮年期の精神発達のプロセスや発達課題の内容には余り関心と興味が集まらなかった。しかし、現在では人間の心身の発達過程は生涯を通して継続するという『生涯発達心理学』の考え方が主流になっており、人生の中で最も長い発達時期である壮年期を研究する『壮年心理学』の発展に期待が向けられるようになっている。