J.L.モレノのソシオメトリック・テスト(sociometric test)とソシオグループ(sociogroup)
『ソシオメトリー(sociometry)』というのは、社会的な人間関係を数量的に測定する研究法のことであるが、ソシオメトリーを実現するための具体的な心理検査(質問紙法)のことをソシオメトリック・テスト(sociometric test)と呼ぶことがある。集団精神療法(グループ・セラピー)の一種である心理劇(サイコドラマ)を開発したヤコブ・レヴィ・モレノ(Jacob Levy Moreno, 1889-1974)は、ソシオメトリーの理論と技術の提唱者としても知られる。
ルーマニア出身のオーストリアの精神科医・精神分析家であるJ.L.モレノは、集団無意識(普遍的無意識)を前提とする分析心理学を創始したC.G.ユングの弟子としても知られる。モレノの心理劇(psychodrama)は精神分析理論をグループセラピー(集団療法)に応用した画期的な技法であり、『役割分担が為されたロールプレイング』や『特定の役割を規定しないその場のアイデア・気分に基づく即興劇の形式』で実施される。
サイコドラマ(心理劇)の実施目的は、『心理的な苦悩・抑圧された情緒的葛藤』を臨場感溢れる演劇のロールプレイングの中で再現することであり、『本来の自分の感情と欲求』をリアリティのある演技を通して生き生きと表現することである。サイコドラマの効果として代表的なものは、それまで抑圧していた激しい感情を浄化する『カタルシス』とリアルな役割関係と主張場面の再現を通した『自発性とコミュニケーションスキル(社会的適応力)の向上』である。
個人の心理的問題を対象とする『サイコドラマ(心理劇)』に対して、集団内部の人間関係の改善や異文化コミュニケーションの促進、イデオロギー対立の解消などを目的にした『ソシオドラマ(社会劇)』と呼ばれるグループセラピーもある。ソシオドラマ(sociodrama)では『文化的・社会的・政治的なテーマ(問題状況)』が話題として取り上げられ、個人の意志や努力だけでは解決困難な『集団社会的な差別・偏見,システマティックなストレス状況・欲求の抑圧』などをどのようにして解決していけば良いかが演劇方式の討論・対話の中で語り合われることになる。
社会的・政治的・文化的な対立や差別意識といった大きな問題を、ソシオドラマ(社会劇)によって直接的に解決することはできないが、ソシオドラマの役割演技(ロールプレイ)や率直な意見をぶつけ合う討論によって『社会的問題に対する公平感・正義感』をそれぞれが自覚しやすくなるメリットがある。適切な社会的テーマを設定した『子どもに対するソシオドラマ』では、善悪を分別する道徳教育としての効果や社会性・責任意識の向上といった社会適応の効果を期待することもできるとされる。
モレノは集団関係の相互作用を的確に分析するソシオメトリーを開発したが、モレノは集団内の人間関係の『選択性(誰に好意を持って接近するか)・排斥性(誰に苦手意識を持って敬遠するか)』の区分に着目してソシオメトリック・テストを作成している。『誰と一緒に活動したいか?,誰とは一緒に活動したくないか?,誰との相性が良い(悪い)か?』といった質問項目に回答することで、集団内の人間関係の『地位・役割・関係の密度・コミュニケーション状況』が明瞭に浮かび上がってくる。このソシオメトリック・テストの結果を視覚的に図表化すると、『ソシオグラム』や『ソシオマトリックス』を作成することができる。
誰を苦手と思うかという『排斥者』を選ばせる質問は、道徳的な罪悪感や人間関係の混乱を発生させる恐れもあるので、この種のソシオメトリー研究には、心理検査の守秘義務を徹底的に守る必要があり慎重な倫理的配慮をしなくてはならない。ソシオメトリーでは相互に好意を持って選択し合っている者同士で『下位集団』が形成されるが、『集団内の下位集団の対立関係‐協調関係』を理解することで、当該集団をまとめるリーダーシップ(教育指導方針・集団組織の秩序形成)を発揮するための基礎情報を取得することができる。
H.H.ジェニングス(H.H.Jennings)は、集団関係の中で誰を好むかという『他者の選択基準』に注目して、一緒に共通の仕事・目的を達成したいと思う社会活動(職業活動)を介在した仲間のことを『ソシオグループ(sociogroup)』と呼び、特定の仕事・目的とは無関係に一緒に遊んだり話したりして過ごしたいプライベートな心理的つながりのある仲間のことを『サイキグループ(psychegroup)』と呼んだ。同じ人が、『ソシオグループ』の仲間として選ぶ相手と『サイキグループ』の仲間として選ぶ相手とは異なる人になることが多いが、ソシオグループはより生産的でパブリック(公的)な傾向を持ち、サイキグループはより自由でプライベート(私的)な傾向を持つという特徴がある。