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2009年06月04日

[退却神経症(retreat neurosis)とモラトリアム(進路選択の回避)]

退却神経症(retreat neurosis)とモラトリアム(進路選択の回避)

精神科医の笠原嘉(かさはら・よみし)が定義した“意欲減退症状”や“本業への無気力・無関心”を中心とする神経症のことを『退却神経症(retreat neurosis)』と言う。退却神経症の特徴と問題点、対処法については『アパシー・シンドローム(apathy syndrome)と退却神経症』の項目で詳細な説明をしているので参考にしてみて欲しい。ハーバード大学の精神科医R.H.ウォルターズ(R.H.Walters)によって提起されたアパシー・シンドローム(意欲減退症候群)の無気力症状は、青年期における発達課題である『自己アイデンティティの確立・社会的役割の享受』に失敗した時に発症リスクが高まるとされる。

笠原嘉の退却神経症における『退却(retreat)』というのは、『本来やらなければならない本業からの撤退・果たすべき社会的責任の放棄』という意味であり、『本業ではない副業・趣味・活動への意欲』はある程度維持されるところに特徴がある。退却神経症やアパシー・シンドロームは、『ひきこもり・ニート(NEET)』の問題と関連づけて語られることがあるが、あらゆる社会的活動や人間関係からの撤退が起こって社会適応性を完全に失うことが多い『ひきこもり』の問題とは別種のものである。

仕事をしておらず、学校にも通学しておらず、職業訓練も受けていない『ニート(NEET)』の場合には、『仕事以外の人間関係・趣味教養・遊び』には興味関心・意欲を持てることがあり、退却神経症やアパシーの問題が関係していることも少なからずある。本業(仕事・通学)ができないのに、副業・趣味的活動であればできるという心理には、『本気を出して本業で挫折したくない・社会的に低く評価されたくないという自我防衛機制』が深く関与しており、社会的アイデンティティ(職業・地位・役割)を意図的に選択しない『モラトリアム(猶予期間)』によって正式な社会的評価を免れているのである。

平均以上の能力・技術・知性があると推測される若者が、就職活動に失敗したり大企業を早期辞職したりした後に、退却神経症やアパシー・シンドロームを発症することがあるが、これは『自己愛に基づく根拠薄弱なエリート意識の過剰防衛』によって仕事・職業を選択できなくなるモラトリアムの問題として整理することができる。こういった自己防衛的なモラトリアムは『プライドの高い自己イメージと社会的評価とのズレ』が大きくなってきた時に形成されやすい。『仕事・職業に対する序列階層(社会的評価の差)』といった潜在的な差別意識によって、アルバイトや派遣社員、中小零細企業の正社員などの仕事をする意欲が無くなってしまい、結果として何の仕事もできない無職状態が継続することになる。

社会的評価や給与待遇の良い『大企業(官庁)のサラリーマン・研究機関(学校)の専門職』でなければ仕事をする意味がない(本気を出せば自分ならそのレベルの就職ができるはず)というような自己評価の高さや過去の実績がありながら、『現在の現実的な評価・状況』が想像的な自己評価に追いついてこない時に、退却神経症を原因とする無職・無業(ニート)のような『本業からの撤退・モラトリアムの延長』が起こりやすくなってしまう。特に、学生時代はある程度勉強が得意で優秀な学業成績を残していたのに、職場環境や企業生活に上手く適応できずに挫折した『内向的で自尊心の高い秀才タイプ』に、退却神経症による無業やアパシーの問題が起こりやすい傾向がある。

退却神経症は、大学生が専門分野の講義やゼミに関心を失って欠席・学業怠慢が多くなる『スチューデント・アパシー』、社会人(会社員)が会社生活への意欲を失い、欠勤が増えて本業の仕事が手につかなくなる『アブセンティズム(欠勤症候群)』などの形となって現れることがあるが、思春期の中高生に発生するいじめなどの問題が確認できない原因不明の『登校拒否・ひきこもり』などに関係していることもある。

退却神経症(アパシー)や不適応なモラトリアム(長期の無職状態など)を発症しやすい病前性格(パーソナリティ特性)としては、『完全主義で妥協ができない・自尊心が高く挫折を認められない・几帳面で生真面目で融通が効かない・極端に負けず嫌いで上下の区別に敏感である・生活環境の変化に過敏である・ストレス耐性が低く逆境に耐えられない・自分のやりたい事や目標が曖昧である・他人や社会の評価に敏感である・強迫的で一つの行動パターンにこだわる・自己愛が強くて自分を特別視する傾向がある』などの特徴が指摘されている。

本業(学業・仕事)から撤退してモラトリアムを延長しようとする退却神経症は、『本気を出せばもっと良い結果を出せるはずという潜在的可能性』を担保したいという自己愛的な防衛機制が強く関係しており、『本業や社会的位置づけにおいて低く評価されることへの不満・抵抗』が強いために現実的な進路・職業の選択が困難になっている。退却神経症やモラトリアムの問題を解決していくためには、拡散している自己アイデンティティを統合して『自分のやりたい事・今、やるべきこと・将来への段階的な目標』を明確に意識していき、自己愛の強さや高い要求水準(目標設定)を現実的なレベルへと修正していかなければならないと言える。

『今の自分が選択可能な進路・職業・学業(職業訓練・資格取得など)』の中から、自分がやってみたいと思える選択肢を少しずつ特定していくことが、退却神経症からの回復・前進の始点になってくる。社会や他人からの相対評価(自尊心・世間体)に余り振り回されずに、『現実的な行動・挑戦・生活の自立』に向かって最初の一歩を踏み出すことが大切であり、実際の仕事や人間関係を通して『社会的アイデンティティ』を再構築することで、傷ついた自尊心や本業への無気力が回復してくることになる。

『観念的な自己愛』『誇大な自尊心』からの適応的な脱却と、実際的な仕事や人間関係による『自己愛・自尊心の再調整(自分にとっての社会的・対人的な居場所の発見)』が退却神経症(アパシー)の治療法略におけるポイントになっている。



posted by ESDV Words Labo at 15:50 | TrackBack(0) | た:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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