近代科学のテクノロジーと人間のテクニック2:テクノロジーと伝統的な共同体・技能の衰退
テクニックとテクノロジーの原理的な違いは、テクニックが『個人の経験・工夫』によって習得するものであるのに対して、テクノロジーは『客観的な科学知識・検証可能な一般法則』によって開発され実用化されるということである。テクニックそのものは科学理論と無関係だが、テクノロジーは『科学の進歩・科学的な新発見』と連動する形で発展することになる。
テクニックは伝統社会の慣習や倫理の範囲内で技能(技芸)をゆっくりと洗練させていくが、テクノロジーは『イノベーション(技術革新)』を引き起こして伝統社会の慣習・倫理(過去に正しいとされてきた価値観)と激しく衝突する可能性を絶えず持っている。生産性・利便性を高めるテクノロジーが急速に進歩していけば、過去の共同体が持っていた慣習的ルール(宗教・倫理)や古典的技術が不要になってくる。そのため、科学的・機械的なテクノロジーが進歩すると、『共同体的な権威・権力』が古臭く感じられるようになって、その伝統的に続いてきた権威が人々に認められにくくなってしまう。
科学知識(一般法則)に基づくテクノロジーというものは、『進歩』はしても『後退』をすることは通常ないので、『新しいもの=最新の技術』ほど高い価値を持つようになり、『古いもの=伝統的な慣習』を尊重する共同体的な倫理は段階的に衰退していくことになる。
個人単位のテクニックが幾ら洗練されても『伝統的な共同体(コミュニティ)』を急速に変える力は生まれないが、テクノロジーが高度に進歩していけば『エネルギー(生活水準の急上昇)・自動車や航空機(移動性の向上)・重火器や核兵器(強力な大量破壊兵器)・商品経済(市場経済)』などによって伝統的な共同体(コミュニティ)の常識や価値観などはあっという間に否定され尽くしてしまう。
テクニックとテクノロジーには『技術の開発・利用・運用』に携わる“人間の数・運用の規模”の違いもあり、テクニックは個人単位の活動や工夫に基づいて開発されるが、テクノロジーは科学・工学の専門家をはじめとした大勢の人間の集権的な活動が無ければ開発・運用をすることができない。現代にも残るテクニックの一面は『職人の世界』に見ることができ、師匠がマンツーマンに近い形で弟子にテクニック(技術)を教える『徒弟制度』のあり方が、伝統的なテクニックの継承形態(=師資相承)なのである。
テクノロジー(科学技術)と社会構造の変化に興味のある方は、[近代科学のテクノロジーと人間のテクニック1:技術論から見る科学と技能]も合わせて読んでみて下さい。

