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2009年08月02日

[ドイツのナチズムとアドルフ・ヒトラーの思想]

ドイツのナチズムとアドルフ・ヒトラーの思想

アドルフ・ヒトラー(1889-1945)が率いるナチス党が、ドイツ大衆を主導して侵略的な総動員体制を準備した政治体制・思想体系を『ナチズム』という。ナチス党が政権を掌握して国民を厳しく統制したナチズムは、近代の代表的なファシズム(全体主義)であり、ドイツ第三帝国における『アーリア人(ゲルマン人)至上主義』というナショナリズムの基盤に基づいて先鋭化したイデオロギーである。ナチス党の正式名称は『国家社会主義ドイツ労働者党』であるが、ナチスは左翼的な共産主義(社会主義)を弾圧して、ゲルマン民族の優秀性を世界大戦で実証しようとする民族社会主義(ナショナリズム)を唱導した。

ヨーロッパ世界の覇権を目指す総動員体制を敷いたナチス・ドイツの政権は、1933年から1945年まで続いたが、1945年の第二次世界大戦の敗戦によってヒトラーは自殺し、ナチス・ドイツはアメリカとソ連によって東西に分裂させられることになった。ナチズムは『近代的な自由主義・民主主義・個人主義・議会政治・人権思想』のすべてを否定して、差別的・独善的な『優生思想』に基づいて人種・民族を格付け(ランク分け)した。

ナチズムの優生思想では、世界で最も優秀な民族がドイツ人(ゲルマン人)であり、世界で最も劣等な民族がユダヤ人とされた。この人種差別的な優生思想のイデオロギーの延長戦上に、人類史上最悪のエスニック・クレンジングとされる『ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)』が起こったのだが、ヒトラーはユダヤ人排撃・差別のためにマスメディアを用いた無数のプロパガンダ(宣伝工作活動)を行い、ドイツ人の困窮や屈辱の原因をすべて理不尽にユダヤ人に押し付けていた。アウシュビッツに代表される強制収容所では、約400万人(犠牲者数には諸説あり)のユダヤ人がガス室に送られたとされる。

ナチズムは、アドルフ・ヒトラーの著書『わが闘争』アルフレート・ローゼンベルク『20世紀の神話』の影響を色濃く受けている。『わが闘争』の内容の多くはナショナリズム(民族主義)とユダヤ人差別・排斥の煽動に費やされており、過激な口調でワイマール体制下の敗戦の負債と大不況に喘ぐドイツを非難している。ナチスは『国家全体の利益(ドイツ民族の栄光)』を『国民個人の人権・自由』よりも絶対的な優位において、ゲシュタポ(特別警察)や国民相互の監視網(密告制度)などを用い、反ナチスの言論活動を行う国民やナチスに不服従の態度を示す国民を厳しく弾圧した。

ナチス・ドイツのシンボルは鉤十字と呼ばれる『ハーケンクロイツ』である。ハーケンクロイツは、ハインリヒ・シュリーマンが発見したトロイ遺跡で見つかった『卍(実際は右回りの卍)』をモチーフとしており、古代のインド・ヨーロッパ語族に共通の宗教的シンボルの意味を持っている。ナチス・ドイツはアーリア人至上主義(ゲルマン至上主義)の象徴として、ハーケンクロイツを党章・国旗のデザインに応用した。ナチス党はワイマール共和国が誕生した1919年に結成され、1933年の普通選挙によって第一党に躍り出て政権を掌握し、ナチス・ドイツのファシズム政権は第二次世界大戦のドイツ敗戦によって消滅した。

近代ドイツの歴史について知りたい人は、[ドイツ革命(ドイツ11月革命)の挫折とワイマール共和国の誕生:1][ドイツ革命(ドイツ11月革命)の挫折とワイマール共和国の誕生:2]の記事も合わせて読んでみて下さい。



posted by ESDV Words Labo at 08:33 | TrackBack(0) | な:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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