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2009年09月30日

[河合隼雄の『中空構造(empty centered structure)』]

河合隼雄の『中空構造(empty centered structure)』

ユング心理学の研究で知られる臨床心理学者の河合隼雄(かわいはやお,1928-2007)は、『中空構造日本の深層』『昔話と日本人の心』『神話と日本人の心』などの著作において、日本人の深層心理や行動原理である『中空構造(empty centered structure)』を分析している。

ユング心理学の第一人者である河合隼雄は、日本の臨床心理学の発展と整備に尽力した人物であり、臨床心理士資格認定協会の創設も主導した。スイスのドラ・カルフ(D.Kalff)が開発した非言語的なプレイ・セラピーである『箱庭療法』を、日本に導入したのも河合隼雄である。

ユング心理学(分析心理学)の臨床家は、民族・集団・共同体が歴史的に共有するとされている『普遍的無意識・集合無意識(collective unconsciousness)』を想定している。個人的無意識よりも奥深い領域にある普遍的無意識の内容(=元型)は、『夢・神話・昔話・宗教・妄想症状』などに反映されることになる。その為、ユング心理学の臨床家はクライアントの『夢・イメージ』を分析したり、社会共同体に伝承されている『神話・物語(昔話)』のエッセンス(構成要素)を抽出したりするのである。

河合隼雄は『古事記』『日本書紀』の記紀に書かれた神話的世界観や神々の相互関係を分析して、日本人の心の深層に普遍的に流れている『集合無意識の内容』を探求しようとした。2,000年近い悠久の歴史的時間を超えて、日本人の間で伝承されてきた『記紀の世界・神々』を物語的に解釈した河合隼雄は、日本人の原型的・本質的な精神構造(心のあり方)として『中空構造(empty centered structure)』を発見した。

中空構造というのは神話的世界の中心が『空』であるということであり、日本社会の中心に『絶対的な求心力や支配力としての神(原理)』が存在しないということである。相対的な『中空構造』を持つ神話・物語・宗教性の蓄積は、複数の神(原理原則)による均衡によって、日本社会の歴史と秩序が形成されてきたということを意味する。

河合隼雄は『古事記』における神々の間に、キリスト教やイスラム教のような『絶対的な唯一神』が存在しないことを指摘しており、『古事記』ではアマテラス・ツクヨミ・スサノオの三貴神がパワーバランスを維持することで世界の秩序を出現させているのである。

『古事記』の冒頭に登場する三神のタカミムスビ・アメノミナカヌシ・カミムスビのうちアメノミナカヌシが『中空(無為)』の役割を果たし、イザナギとイザナミの間に産まれた三貴神アマテラス・ツクヨミ・スサノオのうちツクヨミが『中空(無為)』の役割を果たしている。日本神話の神々のパワーバランスには必ず『中空(無為)』の位相を占める神が登場するのだが、一見して無意味に見えるこの中空構造の神が、神話世界全体の秩序維持に重要な役割を果たしているのである。

河合隼雄は複数の権威や原理がバランスすることによって形成される日本社会独自の構造を『中空・均衡構造』と呼び、一神教の絶対神によって世界の倫理・秩序が生み出される欧米圏の『中心統合構造』との対比をしている。

日本人の集合無意識としての深層心理には多元論的な『中空・均衡構造』があるので、欧米人の一元論的な『中心統合構造』と比較すると、日本人のほうが『相対性・曖昧性・寛容性・バランス感覚・分権社会』といった特徴を持ちやすくなるのである。その結果として、日本人には歴史的・宗教的に『一神教的な絶対権力・非寛容な規範性・唯一神への帰依』に対する過敏なアレルギーがあり、善悪や真理に関する『両極端な判断』を嫌う傾向が強いと解釈されたりする。



posted by ESDV Words Labo at 11:05 | TrackBack(0) | ち:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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