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2009年09月30日

[精神分析とチューリヒ学派]

精神分析とチューリヒ学派

ジークムント・フロイト(S.Freud, 1856-1939)によって創始された精神分析は、オーストリアのウィーンやドイツを中心にして19世紀後半〜20世紀初頭に掛けて普及していったが、精神分析運動の躍進を支えた精神病院の拠点としてブルクヘルツリ病院がよく知られている。スイスのチューリヒにあるブルクヘルツリ病院は、1867年に建設された精神医学・心理療法の名門であり、チューリヒ州立大学の付属病院として、先端的な精神科治療に取り組んでいた。

フロイトの弟子となるC.G.ユング(Carl Gustav Jung, 1875-1961)も、このブルクヘルツリ病院に勤務していた履歴を持ち、ユングの上司である院長には統合失調症(スキゾフレニア)の命名者として有名なオイゲン・ブロイラー(Eugen Bleuler, 1857-1939)がいる。E.ブロイラーは統合失調症の典型的な症状として、『4つのA(観念連合の障害・自閉性・感情の障害・両価性)』を指摘しているが、最先端の精神医療を追求する中でフロイトの精神分析にも関心と理解をし始めたという。

E.ブロイラーに師事していたC.G.ユングは、次第にフロイトの精神分析に傾倒するようになり、国際的な精神分析運動を牽引する代表的な分析家として成長していく。フロイトの後継者になることが確実視されていたC.G.ユングだが、結局、フロイトとの理論的対立によって精神分析協会とは訣別することになり、集合無意識を前提とする独自の『分析心理学』を確立していった。

フロイトとユングが絶縁することになった原因・確執については様々な推測があるが、ユングがフロイトの『性欲理論(リビドー仮説)』を受け容れることができなくなったことが大きく影響しているとされる。フロイトは無意識領域に渦巻く性的欲動である“リビドー(libido)”を、人間の精神活動を駆動するエネルギーとしていたが、ユングはリビドーという性的エネルギーではなく、“個性化”を志向する“生のエネルギー”によって精神現象が発生すると考えていたのである。

『チューリヒ学派』というのは、スイスのチューリヒにあるブルクヘルツリ病院を拠点とする精神分析運動の学派のことである。チューリヒ学派に分類されるメンバーには、C.G.ユングの他にもフロイトの忠実な高弟となったアーネスト・ジョーンズやK.グロス、A.ブリル、A.メーダーなどがいる。チューリヒ学派が活動していた精神医療の名門であるブルクヘルツリ病院には、スイス・ドイツ・イギリスといったヨーロッパの国々の精神科医だけではなく、当時は精神医学が遅れていたアメリカの精神科医も研修・臨床に訪れていた。A.ブリルはアメリカ人であった。



posted by ESDV Words Labo at 12:43 | TrackBack(0) | ち:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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