トランスパーソナル心理学(transpersonal psychology)と自己超越・自己実現
心理学の第三勢力と呼ばれた人間性心理学(ヒューマニスティック心理学)の心理学者には、カール・ロジャーズやアブラハム・マズローがいる。ヒューマニスティック心理学の人間観は、『ひとりの人間』が『ひとりの人間』の人格性や価値観をありのままに尊重して受容することによって、人間は潜在的な創造性や成長力を開花させていくことができるというものであり、その目標は『自己実現・自己一致』に置かれている。
アブラハム・マズロー(1908-1970)の欲求階層説には『生理的欲求・安全と安心の欲求・所属愛の欲求(親和欲求)・承認欲求(自尊欲求)・自己実現欲求』の段階があり、最高次の欲求として“自己実現”が定義されている。分析心理学を創始したC.G.ユングは、意識的な生き方と普遍的無意識(集合無意識)のメッセージを統合した『個性化のプロセス』によって自己実現が達成されると考えた。
自己実現には『潜在的な可能性を開花させて創造的にアクティブに生きる』という実際的な側面と『自我の枠組みを超越して普遍的な実在にアクセスする』という神秘的な側面とがあり、後者には個の領域を超越した『至高体験(神秘体験)』が起こってくることがある。『至高体験(peak experience)』というのは自我超越的な恍惚感(陶酔感)や充実感(歓喜)を伴う精神的な体験であり、『超越的な存在(宇宙)との一体感を前提とした普遍的な認識・感覚』に襲われるという特徴がある。
このように、『個人の自我意識』を超越した神秘的な精神現象や精神世界を探索する心理学のことを『トランスパーソナル心理学(transpersonal psychology)』と呼ぶ。現代思想の文脈に位置づけられることが多いトランスパーソナル心理学は、データによって仮説を検証する客観的な科学的心理学とは異なり、『主観的な超越体験(神秘体験)』に基づいて広大な精神世界や普遍的な存在を探求する心理学としての特徴を持つ。そのため、トランスパーソナル心理学の仮説・概念・体験は実証的な実験で検証することができないという問題を持ち、一部では非科学的なオカルティズムや宗教的なイマジネーションとして批判されることもある。
1960年代から研究が始められたトランスパーソナル心理学は、行動主義心理学・精神分析・ヒューマニスティック心理学に続く『心理学の第四勢力』とされる心理学であり、個人超越的な普遍的な実在・領域を体験的に探索する学問として知られている。トランスパーソナル心理学は、基本的に高度な科学技術に支えられた『先端的な文明社会・消費社会』に対して批判的であり、『人間のエゴイズム・環境破壊・開発主義』を反駁するという意味でエコロジー思想や利他主義的な宗教とも相関する部分を多く持っている。