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2009年11月20日

[ニーチェの哲学思想の読解2:“ナチスの政治利用”と“超人思想の誤解”]

ニーチェの哲学思想の読解2:“ナチスの政治利用”と“超人思想の誤解”

ニーチェの思想は、世界から絶対的価値(神)が消失するニヒリズムの到来と超克を志向する『超人思想』として整理することができる。ルサンチマンとニヒリズムを克服した『超人』とは、仮構された観念や道徳に依拠せずに、『力への意志』に基づいて自己存在を全的に肯定できる次世代の理想的な人間である。

ニーチェは『永劫回帰(永遠回帰)』という概念を提示して、永遠に生まれ変わり続けても、『自分が今生きている人生』を肯定できる人間が超人であると仮定した。自分の人生や存在を全肯定できる超人は、『永劫回帰』の仮定を前提にしても、自分の人生を悲観したり後悔したりすることがないのである。『超人』は来るべき未来の世界において、ニヒリズムの暗闇を高貴な精神と輝かしい栄光によって打ち砕く『理想の人間像』として提示されている。

弱者肯定のルサンチマンや禁欲道徳を否定するニーチェの思想は、『弱肉強食・優勝劣敗(自然淘汰)の思想』として解釈されやすいこともあり、ナチス・ドイツのゲルマン民族至上主義(アーリア人至上主義)に、『権力への意志』を前提とするニーチェの著作や思想が悪用された歴史もある。

ニーチェの思想は多面的な解釈が為されるので、優等なゲルマン民族が劣等な異民族を侵略・支配するという『ナチズムの思想』との親和性が皆無というわけではないかもしれないが、ニーチェは近代ヨーロッパの理性や政治、科学技術に対して批判的であったことにも留意する必要がある。個人の強さや美しさ、豊かさを促進するのがニーチェ思想の本質であり、集団的な政治機構(独裁政治)によって個人の自由や活力が抑圧される事態をニーチェは肯定しないのではないかと思う。

ニーチェの『力への意志』や『超人思想』を短絡的に政治利用すれば、強力な民族(国)が弱体な民族(国)を支配することを正当化するような危険性が高まるが、ニーチェの思想のエッセンスは『自己存在(超人を志向する個人)の全肯定』にあるのであり、『民族国家(特定の政治集団)の全肯定』にあるわけではない。ニーチェの『力への意志』に根ざした思想は、単純に弱者を否定して強者を賞揚するだけの思想ではなく、ルサンチマンによって『人間の美しさ・素晴らしさ』を毀損する奴隷道徳を破壊し、人間本来の生命力や高貴さを再建しようとする思想なのである。

ニーチェ思想の政治利用の危険性を回避するためには、『反時代的考察(1876)』『人間的な、あまりに人間的な(1878)』『曙光(1881)』『悦ばしき知識(1882)』『ツァラトゥストラはこう言った(1885)』『善悪の彼岸(1886)』『道徳の系譜(1887)』『アンチクリスト(1888)』『この人を見よ(1888)』を体系的かつ時代的に読み解いていく必要があるが、その中でもニーチェの芸術的感性と古代ギリシアへの憧憬が込められた『悲劇の誕生(1872)』の読解が最も重要になってくる。

関連リンク:ニーチェの哲学思想の読解1:“ルサンチマン”と“力への意志”

posted by ESDV Words Labo at 20:38 | TrackBack(0) | に:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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