プリゴジンの“散逸構造・ゆらぎ”とエントロピー増大法則:1
情報科学や認知心理学では、個人・集団にとって意味のある情報を『シグナル(signal)』、無意味な情報を『ノイズ(noise)』といい、S/N比(シグナルとノイズの比率)によってその対象(会話・文章・議論)の情報価値が推測される。ノイズは一般的には『雑音・騒音』と翻訳されるように、価値の低い情報や内容として取り扱われてきたが、熱力学や情報システム論、複雑系の科学の進歩によって、ノイズの自律的な秩序形成(組織構築)の役割が見直されている。
1977年に散逸構造の研究でノーベル化学賞を受賞したベルギーの物理学者イリヤ・プリゴジン(Ilya Prigogine, 1917-2003)は、『混沌からの秩序(1979)』で混沌であるノイズから必然的に秩序が形成される散逸構造(dis-sipative structure)の仕組みを解説している。散逸構造とは、水面にインクを垂らした時にインクが均等に広がっていくような構造、ビーカーの水を加熱したときに規則的な対流が起こるような構造のことであるが、厳密には非平衡系(開放系)におけるエネルギーの拡散を意味する。
一見して無秩序(エントロピーの増大)に見える自然現象の中にも、『均質なインクの拡散・規則的な水分子の運動』といった秩序が出現することがあるということを示している。水面に垂らしたインクは元の一滴のインクに戻ることはないが、必然的に水面全体にインクが拡散していくような散逸構造を持っているのである。
人間を含む生命体も、外部世界からエネルギー(食物などのネゲントロピー)を摂取して、内部でエントロピーを消費(減少)させ、それを外部に代謝していくことで有機的な秩序を形成する『散逸構造(dis-sipative structure)』を持った存在なのである。
散逸構造とは『非平衡系(変化が不可逆的な系)における秩序形成の仕組み』を説明するモデルであり、宇宙の普遍原則である『エントロピー増大の法則』を反駁する内容を持っている。エントロピー増大法則は『熱力学の第二原則』として知られているが、物理学者・哲学者のシュレーディンガーが負のエントロピー(秩序性)として『ネゲントロピー』という概念を提案したこともあった。
熱力学におけるエントロピー増大の法則というのは、宇宙・世界は時間の経過と共に必然的に『秩序から無秩序へ』と向かうという法則であり、エントロピーというのは不確実性(乱雑性)のことである。部屋・街路の状態は掃除をしなければホコリや汚れが溜まってどんどんエントロピーが増大していき、商品・金属なども時間の経過と共にボロボロになったり酸化して脆くなったりしてエントロピーが増大していく。