ジル・ドゥルーズ,フェリックス・ガタリの『アンチ・オイディプス』とオートポイエーシス
この記事は[前回の記事]の続きになります。『限定・規定・決定』を排除するような相対的概念を『ノイズ』とするならば、精神医学・社会科学の分野で現代思想を展開したジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』でも情報的にはノイズと見られる鍵概念が多く考案されている。
『アンチ・オイディプス』でドゥルーズ=ガタリは、S.フロイトの精神分析の“エス(無意識的な欲求)”に基づいて、人間社会の歴史的発展論を展開している。『原始土地機械→専制君主機械→資本主義機械』へと段階的かつ無意識的に発展するという主張をしているのだが、この理論構成で重要なのは『人間個人の主体性・自由意志(自我)』とは無関係に、『無意識的な機械(エスの反映された機械)』として社会運営が定義されているところである。
ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』でいう“オイディプス”とは、個人の自由性や自立性を抑圧する『あらゆる社会的な装置・無意識的な機械』のことであり、資本主義・国家主義・民族主義・家族主義・宗教教義などがオイディプスとして個人を支配し抑圧していることを示している。ドゥルーズ=ガタリが出した暫時的な結論は、これらの無意識的に形成される機械(社会制度・政治装置)からの『逃走』であるが、この逃走という概念も具体的な逃走の手段・目的が呈示されていないことから情報的にはノイズとしての側面を持っている。
『戦争機械・リゾーム・器官なき身体』といった鍵概念には哲学的な考察を誘因する力があるが、端的には現代社会の非決定性や相対化といった結論を導き出しやすいノイジーな概念だと見ることができるだろう。ポストモダンを中心とする現代思想は、ノイズ(無秩序)からの自生的な秩序形成を志向する特徴を持っており、近代以前の専制権力(戦争機械)や宗教権威によって特定の方向にノイズを集積したり排除することが出来なくなっているのである。
宗教権威を用いた歴史的なノイズ削減について知りたければ、ルネ・ジラールの『暴力と聖なるもの』が参考になるが、システム論の観点で秩序形成を理解するためには、チリの神経生物学者ウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・ヴァレラが呈示した『オートポイエーシス(自己制作)』の理解が重要になってくる。オートポイエーシスは神経学的モデルを参考にして、生命の有機体的なシステムを分析するために考案された概念であり、日本語では『自己制作・自己創出・自己産出』などと訳されることが多い。
オートポイエーシスでは、従来のシステム論のように『入力(インプット)‐出力(アウトプット)』を問題にしておらず、『構成要素間の作動の過程・円環的モデル』に注目してシステムの外部との双方向的なエネルギー・物質のやり取りに注目が為されている。システムの構成要素の相互作用と外部との変換を通じて、構成要素を生み出す過程のネットワークが持続的に再生産されるのが、ホメオスタシスの機能を持つオートポイエーシスの最大の特徴である。散逸構造もオートポイエーシスも『説明力・合理性のあるシステム論』として、他の様々な隣接領域の学術研究にモデルとして応用されている。

