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2010年01月12日

[エドムンド・フッサールの現象学と『ノエシス・ノエマ』:2]

エドムンド・フッサールの現象学と『ノエシス・ノエマ』:2

この項目は、[前回の記事]の続きです。現象学的還元によって、私たちが当たり前の現実として認識している『事実的世界(現象世界)』が括弧に入れられて保留されることになるが、事実的世界の本質を抽出した後(エポケーした後)に残る意識が『純粋意識』である。生活世界の周囲にある対象(事物)は『感覚的ヒュレー』という素材によって成り立っているが、感覚的ヒュレーの特徴は志向性(作用性)を持たないということである。

対象(事物)がどういった意味や内容を持つのかは、感覚的ヒュレーにどのような意味づけ・解釈が為されるのかによって決まるが、感覚的ヒュレーに作用する志向性が『ノエシス』である。ノエシスは『志向するもの・志向作用』であり、ノエマは『志向されるもの・志向内容』であるが、ノエシスの意識作用によって無機的・無内容な感覚的ヒュレーに何らかの意味・価値が付与されることになる。

ノエシスが対象に作用することを『ノエシス的契機』と呼ぶことがあり、ノエシス的契機によって『概念的・感情的・表象的・意思的な意味づけ(意味付与)』が行われるのである。

ノエシス的契機の意識作用には、それ以外にも『確信・推測・判断・計画などの信憑作用』もあり、ノエシスの志向性によって感覚的ヒュレーの意味論的なレベルの認識が成立するのである。『ノエシス的契機』と対になる相関概念として『ノエマ的内実』があるが、ノエマ的内実とは『志向されるもの・志向される意味や概念』のことである。

『ノエマ・ノエシス』は純粋意識の二つの側面であり、志向される内容としてのノエマ的内実は『対象・事物そのもの(物理的なもの)』ではない。ノエマは意識レベルの『志向された内容・意味』であり、ノエシス的契機の多様性に応じて『知覚・想像・表象・虚構・仮構・生き生きとした現実の反映』などさまざまな形を取る。生き生きとした現実を完全に反映した志向内容のことを『全きノエマ』と呼ぶこともあるが、全きノエマを意識するための体系的・技術的な方法論は開発されていない。

E.フッサールの『現象学』は、存在(事象)の本質や純粋意識の形式に接近するための方法論であり、諸学問(精密学としての自然科学)の認識論の基礎づけを論理的に行うための『厳密学』としての性格を持っている。超越論的現象学は『事象そのもの』を解明するための『意識の哲学(志向性の哲学)』として理解することができ、フッサールが考案した『ノエシス‐ノエマの純粋意識の相関構造』は分析哲学や実存主義哲学にも多くの示唆・気づきを与えている。



posted by ESDV Words Labo at 16:54 | TrackBack(0) | の:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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