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2010年02月14日

[バウハウス(Bauhaus)とモダニズムのデザイン思想]

バウハウス(Bauhaus)とモダニズムのデザイン思想

この項目は、[前回の記事]の続きになります。バウハウスの建築・工芸の教育では『機能性とデザイン性の統合』を指向しており、市民生活の利便性や充実度に貢献するような機能的かつ美的感覚に優れた建築デザインが探求されていた。19世紀的な過剰な装飾(デコレーション)や見せ掛けの威厳(荘厳さ)を排除しようとする建築設計思想は、クールなデザイン性と生活に密着した機能性を両立させた『モダニズム(modernism)』へと結合していくことになる。

建築・芸術・工芸技術を教える教育機関としてのバウハウスの特徴は、教授陣に当時の一流の芸術家や工芸家を揃えていたことである。特に、20世紀を代表する抽象画家の先駆者として知られるロシアの画家W.カンディンスキーが教えていたことは有名であり、機能的な形態と知覚的な色彩とのバランスに影響を与えた。ワシリー・カンディンスキー以外にも、画家ではP.クレー、J.イッテン、モホリ=ナギなどが教授として参加しており、陶芸家のG.マルクス、演劇のO.シュレンマーなどもバウハウスで教えていた。

バウハウスの芸術‐建築技術の思想運動は、近代工業や産業技術との発展とも深く相関しており、労働生活の機能性を高める建築様式に対しては『技術的な生活管理』を助長するのではないかという批判も出たりした。ワイマールにあったバウハウスの校舎は、1926年にW.グロピウスが設計したデッサウの校舎へと移転することになった。バウハウスの校長は、W.グロピウスからH.マイヤーに代わって、次にミース・ファン・デル・ローエ(1886-1969)が校長に就任することになった。

ミース・ファン・デル・ローエは、ル・コルビュジエフランク・ロイド・ライトと並ぶ『近代建築(モダン建築)の三大巨匠』と呼ばれる著名で優秀な建築家である。

ミース・ファン・デル・ローエは“Less is more(より少ないことはより良い)”というスローガンを掲げて、ガラスと鉄筋コンクリートで建設されるシンプルな外観の『高層建築ビル』を設計した。現代社会で建設される一般的な長方形の高層ビルディングのモデルは、ミース・ファン・デル・ローエが考案したのであるが、その後余りに画一化された高層ビルが増えたので『退屈で機能的な現代建築の始まり』というような風刺をされることもある。

シンプルで無駄のないモダニズムの建築様式を象徴する言葉として、ミース・ファン・デル・ローエの『装飾は犯罪である』、ブルーノ・タウトの『よく機能するものはよく見える』などがあり、20世紀的なモダン建築の特徴は『形態と機能の統合』に集約することができる。モダン建築の代表とされる集合住宅や高層建築ビルについては、『技術的・機能的な市民生活の管理システム』として批判する意見もあるが、このモダン建築の設計思想の潮流は21世紀初頭に入ってもまだ続いている。

バウハウスは1933年に、権威的・象徴的なデザインの有効性を重視するナチス党によって弾圧され閉校されることになるが、閉校してから後もアメリカのシカゴで『ニュー・バウハウス』のデザイン運動が起こったり、ドイツのウルム造形大学の基本コンセプトに影響を与えたりしている。

バウハウスの芸術・建築の思想潮流は、20世紀の市民生活や企業活動の隅々にまで浸透することになり、機能的かつデザイン的に優れた建築様式(虚飾性や権威性を排除した建築様式)を追求する流れはおよそ普遍的なものとなっている。



posted by ESDV Words Labo at 14:17 | TrackBack(0) | は:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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