ジャック・デリダのファロ・セントリスム(男根中心主義,phallo-centrism)
ポストモダンの哲学者ジャック・デリダ(Jacques Derrida,1930-2004)は、階層的な二項対立図式の枠組みを内部から論理的に解体する『脱構築(deconstruction)』の技法を確立しようとした。
西洋哲学の伝統的な形而上学に潜む『矛盾・差別・欺瞞の構造』を脱構築によって浮かび上がらせ、その構造を中立的・公正的な観点から批判しようとしたのである。紀元前6世紀にまで遡る古代ギリシア哲学の時代から、西欧の形而上学には『男性−女性・理性−感情・精神−肉体・普遍−特殊・真理−虚偽・神聖−世俗』といった階層的な二項対立図式(二元論)が刷り込まれてきた。
西洋哲学や形而上学は『普遍的な知識・客観的な認識・根本的な存在』を追求してきたが、二元論の図式の中に無根拠に『優位−劣位』という価値判断を導入することによって、普遍的な知識(真理)から遠ざかってしまったとデリダは指摘する。
伝統的な形而上学では、男性の女性に対する優位、理性の感情に対する優位、精神の肉体に対する優位が、合理的な根拠なく無条件に仮定されてしまっている。そして、そのことが『男性中心社会(男性原理による女性支配)』や『禁欲的・宗教的な倫理規範』を無条件に正当化してきたというのである。
『ファルスの象徴機能』とも関係するが、男性性の女性性に対する優位性の認識は、『男性性=理性・支配・秩序・自律・公共性』と定義し、『女性性=感情・従属・無秩序・依存・プライベート性』と定義してきた伝統的な二項対立図式(二元論)によって支えられているのである。哲学的な思索や理論だけではなく、男性主義的な世界宗教である『キリスト教・イスラム教・仏教』においても、女性は『理性的な男性を誘惑して秩序を乱す情動的な存在』として否定的に認識されてきた。
リビドー(性的エネルギー)の充足と阻害によって、人間の心理状態や行動判断を規定しようとしたフロイトの精神分析も『男性主義的な理論体系・仮説概念』を多く持っており、男女の性差については客観中立的な視点に立っていたとは言えない。ジャック・デリダは男性の女性に対する無条件の優越性・支配性を前提とするイデオロギー(社会通念)を『ファロ・セントリスム(男根中心主義,phallo-centrism)』と定義して、そのファロ・セントリスムを感性的・倫理的な対抗言説によって脱構築しようと企てたのである。
しかし、言語の論理的構造が『二つの要素の優劣関係』を半ば必然的に規定してしまう部分があるので、ファロ・セントリスム(男根中心主義)を脱構築するためには、ロゴ・セントリスム(論理中心主義)の脱却も同時的に達成しなければならないというアポリア(困難)がある。

