デス・エデュケーション(death education),死生学
高齢化社会の進展によって、余命が宣告される臨死患者の増加や病死までの期間の長期化が起こっており、“自己の死”に心理的に備えるための『デス・エデュケーション(death education)』が要請されている。デス・エデュケーションというのは、『生と死の教育』であり『自己の死の準備教育』であるが、個人の感覚的で実際的な『死生観』に基づいてこの教育は展開される。
一般的な死の概念と意味について客観的に考察するのは『死生学(タナトロジー)』であり、自分自身の死の意味(宿命)について考察しながら、死を受け容れる心理的構えを形成する『デス・エデュケーション』とは区別される。デス・エデュケーションとは主観的な学びであると同時に、現実的な死の理解と受容であり、いつかは訪れる『自分自身の死』について対処可能な心理状態を形成するために行われる教育である。
現代社会では、『人間の死』は生活空間や一般社会から完全に隠蔽されており、『病院・クリニック』の中でしか死の現象を観察することはできない。『死の存在』や『死に至るまでの不安・絶望・苦悩』が病院施設と医療関係者の中に隔離されてしまっているので、私たちは日常の中で『死の現実・不安』と向き合う機会がかなり減っており、『自分自身の死』の接近に対して十分な心理的備えができないという問題がある。
『死』がいつも他人事になってしまったり、メディア(映画・ドラマ)の中での出来事になってしまったりするが、誰もがいつかは『寿命・死期』を迎えることになるので、主観的な了解・受容として『自己の死』を見据える教育的体験も必要となる。デス・エデュケーションの先駆者として女性精神科医のエリザベス・キューブラー・ロス(Elisabeth Ku"bler-Ross, M.D.,1926-2004)がいるが、キューブラー・ロスは実際のターミナル・ケア(終末期医療)に従事する中で、『最後のレッスン(ライフ・レッスン)』としてデス・エデュケーションを位置づけた。
キューブラー・ロス自身も末期ガンによって余命を宣告されたが、彼女は『自分自身の死』を従順に受け容れることなどできず、理不尽な余命宣告に対して『否認・疑惑・怒り・悲しみ・絶望』などのネガティブな感情を隠すことなくメディアの前にさらけだした。死生学やターミナル・ケアの権威として知られていたキューブラー・ロスであるが、『自分の死を受け容れることは容易ではない・自己の死はやはりどうしても理不尽と感じてしまう』という人間的な当たり前の感情(死の恐怖と嫌悪)をキューブラー・ロスはそのまま率直に表現したのである。
デス・エデュケーションは、一般的に『知識・価値観・感情・技術』の4つの分野から自己の死を見つめなおして受容することを目指すが、『死の準備教育』を受けてもなおエリザベス・キューブラー・ロスと同じように『死の絶望的な恐怖・割り切れない思い・理不尽さに対する憤慨』は残り続けることが少なくない。キューブラー・ロスは『死の受容のプロセス』について、ターミナル・ケアでの豊かな臨床経験に基づいて、以下の4段階の存在を指摘している。
1.否認と孤立の段階……まさか自分が本当に死ぬわけはないと否認(懐疑)して、精神的に周囲から孤立していく段階。
2.怒りの段階……何で自分だけが死ななければならないのだ、こんな理不尽な仕打ちを受けなければならないのだと思う怒りの段階。
3.取り引きの段階……何とかして病気を治して生き延びたいと考え、何らかの『交換条件(お金・懇願・謝罪・名医探しなど)』を用いる取り引きを行って、どうしても助かる方法がないと知る段階。
4.抑うつの段階……『死の現実・病気の悪化』を回避する方法や手段がないことを知って、気分が落ち込み深刻な抑うつ感(無力感・絶望感)に沈む段階。
5.死の受容の段階……どのようにしても差し迫る死の現実からは逃れられないことを心から深く理解し、その死の現実を受け容れながら残された人生を懸命に前向きに生きようと決意する段階。

