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2010年10月27日

[レオン・フェスティンガーの“認知的不協和理論”と“合理化・知性化”]

レオン・フェスティンガーの“認知的不協和理論”と“合理化・知性化”

アメリカの心理学者レオン・フェスティンガー(Leon Festinger)が提唱した『認知的不協和(cognitive dissonance)』は、自分の内面に矛盾する二つ以上の認知(考え方)がある時に心理的な不快感・緊張感を感じて、その不快感を低減させるために認知(あるいは行動)の変容が起こりやすくなるというものである。

イソップ物語の『すっぱい葡萄(ぶどう)』の寓話では、キツネが高い木の上にある美味しそうな葡萄を何度も跳び上がって取ろうとするが、どうしても取ることができず、『どうせあんな葡萄は酸っぱくてまずいに決まっている』と不満を述べて立ち去っていくが、これも認知的不協和の一例とされる。

『高い場所にある葡萄が食べたい』という認知と『高くて葡萄を取ることができない』という認知(現実)が矛盾して対立しているために、食べたくても食べられないという心理的な不快感や緊張感が高まるのだが、この認知的不協和を解消するために『どうせあの葡萄は酸っぱくて美味しくない』という認知の転換を行うのである。

このような認知的不協和は、『タバコを吸っている‐喫煙は健康に悪くて発がんリスクになるの認知の矛盾』や『あの人が好きである‐あの人から冷たい対応で振られたの認知の矛盾』などによって引き起こされるが、そういった認知的不協和による心理的な不快感や緊張感(怒り・苦痛・悲しみ)などは認知の変容によって軽減されることが多い。

タバコが健康に悪いと知りつつ喫煙している人は『喫煙者の全員が病気になるわけではなく死ぬまで元気なヘビースモーカーもいる』と認知を変容させ、好きな人に冷たく拒絶されてしまった時には『あの人は性格が悪いから付き合わなくて逆に良かった』と認知を転換させるが、こういった自分なりの理由をつけて現実の不満や苦痛を和らげる心理機制を精神分析では『合理化・知性化』と呼んでいる。

認知的不協和のストレス(苦痛)が発生した場合には、人は精神分析的な『合理化・知性化』によって、自分の『現状の認知・行動』を安直に自己肯定したくなりやすいものだ。だが、本質的な問題解決や不安の解消のためには、『合理的な行動の変容』のほうが効果的であり、上記の事例であれば喫煙は健康に悪いという認知を肯定するために『禁煙する』という行動修正が効果的であり、好きな相手から振られたという認知を無理なく受け容れるために『傷ついた気持ちを整理して(いったん傷つきを認めて)、新しい出会いを求める』という行動修正が有効なのである。

L.フェスティンガーの認知的不協和理論の基本仮説は、『二つ以上の認知が矛盾している認知的不協和』がある時には、そのストレス・心理的な不快感を低減(除去)させるために、どちらかの認知を変容させる圧力がかかるというものであり、認知的不協和の不快感が大きければ大きいほど認知を変容させる圧力(自己正当化の動機づけ)も大きくなるとされる。

L.フェスティンガーはこの認知的不協和理論の仮説を検証するために、学生の二つのグループに『単調でつまらない作業(仕事)』をさせて、それぞれのグループに高い報酬と安い報酬を与えてみて、『その作業が面白かったかどうか』を質問するという実験を行った。『仕事が単調でつまらないという認知』と『つまらない仕事だから報酬が良かった』という認知は協和(一致)しやすいので、高い報酬を貰ったグループではそのまま『その仕事は面白くなかった』という意見が多く見られた。

一方で、安い報酬しか貰えなかったグループでは『仕事が単調でつまらないという認知』と『つまらない仕事なのに報酬も少なかった』という認知が対立するので、学生は『単調だけれどやっていると面白く感じられる部分もあった』という風に仕事の価値に対する認知を自己正当化のために修正する傾向が見られた。

仕事がつまらない上に、更に報酬まで不当に少なかったとなると認知的不協和の不満感・ストレスが強くなるので、人はその不満感を緩和するために『つまらなさそうに見える仕事でもやってみると面白い要素がある』という風に合理化をして認知的不協和を改善しようとするのである。

posted by ESDV Words Labo at 23:35 | TrackBack(0) | に:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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