ユング心理学（分析心理学）では、フロイトが精神分析で定義した個人領域の無意識だけでなく、人類全体に共通して存在する普遍的無意識（集合無意識）を仮定する。精神分析学の精神構造論で示される無意識は、個人の生活経験や成育歴に根ざすもので、本人が想起したくない欲望や不快な記憶と結びついた願望が抑圧される領域である。
フロイトは自分以外の他者と共有できる無意識の内容については批判的だったが、ユングは人類や民族に共有される普遍的無意識・集合無意識(collective unconscious)を想定した。ユング心理学では、普遍的無意識の元型（アーキタイプ）が人類の喜怒哀楽（精神機能）の源泉であると考える。
人類の感情生活や人間関係、一般的な認知傾向の基盤にある神話的イメージ（物語の要素・原初的なイメージ）は普遍的無意識（集合無意識）から湧き上がってくるものであり、その無意識が人類に共通しているからこそ私たちは世界各地にある異民族の神話伝説を共感的に読むことが出来るのである。
元型(archetype)とは、普遍的無意識（集合無意識）の内容やイメージによって示される人類全体に共有される精神活動の原型的パターンのことである。アニマ(anima)やアニムス(animus)も元型の一つであり、理想的な異性像や象徴的な異性像のイメージとなって夢や白昼夢、自由連想の中に出現してくる。集合無意識の内容は、一般的に夢・自由連想・アクティブ・イマジネーション・白昼夢などを通して知覚し体験することが出来るとされている。
アニマ(anima)とは、男性の精神内面にある理想的（象徴的）な女性像（女性イメージ）のことであり、アニムス(animus)とは、女性の精神内面にある理想的（象徴的）な男性像（女性イメージ）のことである。
眉目秀麗の王子様の運命の相手となる美しいお姫様、英雄が宿敵を打ち倒す事によって得る絶世の美女、内面に反復的に侵入してくる女性性のイメージなどが典型的なアニマであり、アニマは物語や伝説、神話、伝承などに繰り返し登場する。反対に、美しい王妃を献身的に守る騎士のイメージやか弱い女性を力強く守る筋肉質の男性像、女性一人に人生と才能の全てを捧げる前途有望な男性イメージなどが典型的なアニムスであり、アニムスも神話や伝説に繰り返し登場する。
アニマ・アニムスは、内面心理に生起する理想の異性像であり、プラトン哲学でいうイデア界に存在する理想的な異性のイデア（愛のイデア）でもある。不完全な自分（男性性・女性性）に欠如している異性のイメージ（女性性・男性性）を憧憬して恋慕するという遺伝形質（先天的要素）を人間は持っていて、性的・精神的な成熟を迎える思春期頃からアニマ・アニムスのイメージに近似する異性を追い求めるようになる。
アニマ・アニムスは、男性と女性の恋愛関係や結婚関係、性愛の快楽の元型であり、私たち個々人の異性に対する感情生活や性行動を根底において規定する普遍的無意識である。私たちは精神内界において、半ば自動的にアニマ・アニムスとの肉体的・精神的合一を望み、不完全な自己に欠けている要素や性質を異性との一体化で相補的に満たそうとするのである。
また、表層的な社会適応の為の人格像や円滑な対人関係を実現する為の性格特性の元型である「ペルソナ」と「アニマ・アニムス」は、相互に補完し合う関係にある。つまり、日常生活のペルソナにおいて男性的な言動を過度に取っている人は、アニマ（男性の内面の女性像）によって精神的な癒しやリラックスを得ることが出来る。反対に、社会生活のペルソナとしていつも女性的な振る舞いを強いられている人は、アニムス（女性の内面の男性像）によって精神的な強靭さや積極的な影響力の充足感を得ることが出来る。
集合無意識から繰り出されてくる元型のイメージは、私たちがどのように生きていけば良いのかの指標を象徴的に示し、現在の精神状態が密かに求めている感情やイメージを知らせてくれる。
ユング心理学では、集合無意識からのメッセージやイメージに意識を向けて生活習慣や性格傾向を見直すことを重視する。「無意識領域の元型のイメージ」と「意識領域の現実生活や人間関係」のバランスを取って｢心の全体性」 を回復することが目標となる。
この意識と無意識から構成される「心の全体性の実現」が、そのままユングが語る心理療法の治療機序である「個性化の過程」へとつながっているのである。
