発達加速現象(developmental acceleration)と大人世代の退行現象
身体・体格の発達速度は戦後間もなくよりも、現代のほうが早くなっている。現代のほうが過去よりも『身長・体重・胸囲』などの体格が著しい向上を遂げており、男子でも女子でも平均身長が伸びていて(脚の長さも長くなっていて)、体重・胸囲も大きくなっているのである。中学3年生の15歳男子の身長を各時代ごとに比較してみると、『明治33年(1900年)・152.1センチ』『昭和29年(1954年)・158.1センチ』『平成21年・168.5センチ』となっており、平成の現代の青少年のほうが戦後よりも10センチも身長が高くなっている。
中学3年生の15歳女子の身長を見てみても、『明治33年(1900年)・144.8センチ』『昭和29年(1954年)・151.5センチ』『平成21年・157.3センチ』となっており、時代が新しくなるにつれて平均身長は一貫して伸びている。脚の長さや体重、胸囲なども同様に向上しており、現代では身体的な成熟に至るまでの時間が短くなっているという時代的特徴がある。思春期が始まって身長・体重が急速に増え始める時期についても、男性で約2年間、女性で約1年間、戦後の時代よりも早くなっているようである。
一定の年齢で区切って『身体的な発達』を比較した場合に、世代が新しくなるほど身体的発達の速度が早くなり体格も向上する現象を『発達加速現象(developmental acceleration)』という。しかし、発達加速現象は長期的にいつまでも加速を続けるような現象ではないという点に留意が必要である。戦後一貫して向上し続けてきた青少年男女の体格も最近では安定的に推移するようになっており、発達加速現象は停滞し始めている。
発達加速現象には以下の2つの観点がある。
1.身長・体重・胸囲などの数値で示される『量的な増大』の観点=体格の向上
2.身体が発達・成熟していくプロセスにある『質的な変化』の早期化の観点=成熟前傾現象
生物学的には数十年という短いスパンで、DNA(遺伝子情報)の大幅な変異が起こるとは考えにくいので、『戦後日本の発達加速現象の要因』は遺伝要因というよりも環境要因のほうに重点があると推測される。想定される発達加速現象の要因としては、『食文化の欧米化と栄養状態の改善(高カロリー・高脂質の食事の増加)・畳ではなく椅子に座る生活様式・公衆衛生環境の向上』などを考えることができる。しかし、身体発達と精神発達とは必ずしも相関していないため、小中学生で大人並みの体格になる子どもがいるとしても、その内面や価値観、行動基準にはまだまだ子どもらしい未熟さ・短絡性・衝動性・依存性などを残していることが多い。
また現代社会では青少年の『精神的・経済的自立の遅れ』が目立ちやすかったり、『他者への依存性・消極性』が見られたりすることもあり、『身体発達と精神発達とのアンバランス』が心理発達臨床における一つの課題になってくることも多い。だが、精神発達の遅れや発達課題の未達成、他者への依存性(自立困難)といった問題は、10代〜20代前半の青少年や青年の世代だけの問題ではなくなっている。
精神発達の未熟性や他者への依存性などは、20〜40代以上の広範な年齢層を含む大人世代の性格的・社会的な問題にもなってきており、現代社会全体の趨勢として『価値判断の未熟化・行動様式のネオテニー化(退行現象)』が進んでいる(そういった大人の未熟さ・幼児性を受け容れてくれるような余裕のある社会環境が整備された)とも言える。