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2011年05月19日

[D.W.ウィニコットの破滅不安(annihilation anxiety)と早期発達理論]

D.W.ウィニコットの破滅不安(annihilation anxiety)と早期発達理論

イギリスの小児精神科医・精神分析家であるD.W.ウィニコット(Donald Woods Winnicott, 1896-1971)は、J.ボウルビィやM.マーラー、M.クラインらと同じく発達早期の母子関係を重視した発達理論を提起した。ウィニコットは正常・健全な精神発達のためには『環境としての母親の愛情・保護』が必要不可欠と考えており、自己愛・自我といった個人内面の発達よりも、母親と子どもの間の双方向的な関わり合い(感情交流)のほうが、精神発達過程にとって重要であるとした。

対象関係論を提唱してクライン学派を築いた女性分析家のメラニー・クラインは、乳幼児の無意識的幻想やタナトス(死の本能)を前提とする『妄想‐分裂ポジション→抑うつポジション』という概念的に複雑な発達理論を作り上げたが、D.W.ウィニコットはどちらかというと『程よい母親』という一般的な母性愛や母子関係を中心にして、あまり概念的に複雑ではないシンプルな発達観を提案している。

ウィニコットは発達早期の赤ちゃんの発達段階を、母親の全面的な世話と保護を必要とする『絶対的依存期(0歳〜6ヶ月頃)』と、ある程度の自立性を獲得して分離不安を感じ始める『相対的依存期(1歳頃〜3歳頃)』に分けたが、その中間には依存性が弱まる段階としての『移行期(6ヶ月頃〜1歳頃)』がある。D.W.ウィニコットの早期発達理論は、以下の4つの発達段階に分類することができる。

絶対的依存期(0歳〜6ヶ月頃)

移行期(6ヶ月頃〜1歳頃)

相対的依存期(1歳頃〜3歳頃)

独立準備期(3歳以降〜)

生まれたばかりの新生児の赤ちゃんは完全に無力で何もできず、母親の全面的な愛情と保護を必要とするが、この絶対的依存期の母親は子どもを育てるために精神的に過敏になっていて、子どもとの一体感(自他未分離)を感じながら育児に神経質に没頭する『原初的没頭(primary maternal preoccupation)』と呼ばれる状態になりやすい。発達年齢が進むにつれて、赤ちゃんの自律性や活動性、外界への興味も高まっていき、母子間の依存性も少しずつ弱まっていく。6ヶ月〜1歳頃の『移行期』に入ると、哺乳瓶や毛布、玩具(おもちゃ)を『移行対象(transitional object)』として活用しながら、母親との分離不安を和らげて代理的満足を得るようになる。

しかし、『支持的な環境(holding environment)』としての母親(母性的な優しい関わり合い)を強く必要とする絶対的依存期に、母性愛(母性的な保護)が与えられないと、自分が破滅して死んでしまうという『破滅不安(annihilation anxiety)』に襲われるリスクが高くなる。破滅不安というのは、自分がこのままでは生存を維持できないという不安であり、誰の助けや愛情も得られずに自分が破滅してしまうという根底的不安である。絶対的依存期に破滅不安を感じると、子どものストレス耐性や環境適応能力が低くなり、うつ病や統合失調症、境界性パーソナリティ障害などの各種の精神的不調を起こしやすくなると考えられていた。

『移行対象(transitional object)』とは、乳児の母親への強烈な依存性が弱まっていく『移行期(6ヶ月〜1歳頃)』に現れる物理的な愛着の対象のことであり、慣れ親しんでいる毛布やおもちゃ、ぬいぐるみなどに愛着・安心感を抱くことで母子分離の不安を代理的に和らげることができる。依存や愛着を向けている本来の対象ではなく、慣れ親しんだ物や写真などに愛着を向け変えるという『移行対象』のメカニズムは、成長してから後にも見られることがあり、人間が孤独感・不安感を癒すための普遍的な心理現象(防衛機制)の一つでもある。

赤ちゃんである乳児の精神発達に悪影響を及ぼす『破滅不安』を回避するためには、ウィニコットがいう『程よい母親(good enough mother)』として機能することが有効だが、程よい母親とは過度に育児熱心になったり過保護になったりするのではなく、子どもの発達段階や心理状態、要求水準に合わせて『適度なほどほどの愛情・支持・優しさ』を与えられる母親のことである。何歳になっても母親が余りに過保護に接して、子どもの不安に配慮し過ぎるというのも、子どもの自立心や挑戦欲求を阻害してしまうことになるので、『子どもの心理状態・発達年齢・適応度(自立度)』に合わせる形で、適度なサポートや愛情表現をして上げるというのが心身発達の観点からは好ましいと言える。

posted by ESDV Words Labo at 14:20 | TrackBack(0) | は:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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