パラダイム(paradigm)とトマス・クーンの科学革命
パラダイム(paradigm)やパラダイム・シフト(paradigm shift)といった概念は、現在では一般的な概念として感覚的(拡大解釈的)に用いられているが、その原義は『範例・模範』ということにある。日常的な用語として拡大解釈される時には、パラダイムシフトは『発想の転換・考え方の変化・固定観念の修正・常識の懐疑』といった程度の意味で使われるが、厳密には科学史・科学哲学の文脈を踏まえた『各時代において支配的・規範的な影響力を持つ物事の見方や考え方』という意味を持っている。
学術的な専門的タームとしてのパラダイムには、トマス・クーン(Thomas Samuel Kuhn、1922-1996)の科学史や科学哲学で用いられる『パラダイム』と、ローマン・ヤコブソン(Roman Osipovich Jakobson, 1896-1982)が構造主義的な言語学で用いた『パラダイム』とがあるが、一般的にパラダイムという時には、科学的な『理論・認識の枠組み』としてのT.クーンのパラダイムのことを指している。
R.ヤコブソンのいうパラダイムとは、シンタックス(統語)の対義的な概念であり、文中のある語と置き換えが可能な類似した語の系列のことを指しており、理論的な枠組みや物事の見方(認識の枠組み)としてのパラダイムとは直接の相関はない。科学史・科学哲学におけるパラダイム(paradigm)とは、ある時代や分野において常識的な前提や規範的な知識となる『物事の見方・認識の枠組み』のことであり、かつてのプトレマイオスの天動説やI.ニュートンのニュートン力学(古典力学)なども当時の時代の支配的常識・規範としてのパラダイムだった。
ある時代・分野において常識や規範(基本ルール)として機能するのがパラダイムの認識の枠組みであるが、学問の進歩や新たな発見においてこのパラダイムは『革命的・非連続的な変化』を起こす可能性を持っている。この急速な革命的・飛躍的な変化をパラダイムシフトと呼び、プトレマイオスの天動説からコペルニクスの地動説への変化、ニュートンの古典力学からA.アインシュタインの相対性理論への変化などが、科学史におけるパラダイムシフトに当たる。
科学史家であるトマス・クーンが『科学革命の構造(1962)』で示したのは、科学の歴史は常に前時代の常識的な知識に積み重ねる形で、直線的かつ漸進的に進歩していく累積的なものではないということであった。科学理論の革命的な変化は、累積的ではなく断続的なものであり、連続的ではなく非連続的なものであるが、各時代ごとの中心的な考え方や支配的な規範の枠組みのことを『パラダイム』と呼んだのである。
パラダイムの特徴の第一は、『ある時代・分野において大多数の人々に共有されている支配的な規範や常識である』ことである。第二の特徴は『複数のパラダイム間では基本的な考え方・常識が矛盾することがある』ということである。第三の特徴は『複数のパラダイム間の矛盾を非連続的かつ革命的に解決して新たな支配的な認識を打ち立てる時に、パラダイムシフトが起こる』ということである。科学史のプロセスとは、規範的な理論の枠組みや考え方であるパラダイムを仮説として成立させること、新たな新パラダイムでその旧パラダイムをシフトさせることによって成り立っている。