乳幼児期の精神発達過程では、母親と赤ちゃんが自他未分離な一体感に包まれた『未分化期(正常な自閉期・正常な共生期)』を経て、3歳頃までにゆっくりと母親から心理的離乳を遂げていく。乳幼児は母親と密接にくっついて『アタッチメント(愛着)』を形成し、心理的な安心感や依存心の充足を得ている。この母子密着のアタッチメント(愛着)や一方的依存心を少しずつ弱めていく過程が『分離・個体化期(5-36ヶ月頃)』と呼ばれる時期に当たる。
分離・個体化期の発達課題とは、『母親と離れている感覚を一定時間以上持続できる能力(心理的離乳)の獲得』であるといえる。甘えの心理が強い人の場合には、この分離の事実を受け容れることが出来ず、母親との分離に伴う孤独感や不安感を退行をはじめとする様々な自我防衛機制を使って止揚(アウフヘーベン)しようとするのである。即ち、甘えの人格構造を持つ人は、分離の不安や苦痛を回避するために、分離以外の甘えや依存によって問題を解決し、外見上の心理的自立を装う傾向が見られるということである。
無意識領域のエス(原始的本能)の力動を起源とする『甘えの心理』は、詰まるところ、『母親との幻想的な一体感』に基づく安心感や信頼感を延々と保持し続けて、他人に依存的な欲求を満たしてもらおうとする心理だといえる。甘えの心理構造を持つ人物の特徴として、『自立心・主体性・責任感が相対的に低い』『他者に人生の責任や選択を依存して委ねようとする』『自分の感情を孤独な状況でコントロールできず、困難を一人で解決できない』『相手の反応一つで“僻む・拗ねる・いじける・恨む・こだわる・嫉妬する”といったアンビバレンツな葛藤状態に陥る』というものがある。
甘えの心理の究極的な問題点は、『自分の依存的欲求や一方的依頼が満たされないと、“憎悪・嫉妬・敵意・いじけ”といった攻撃的な反応を示すところ』にあり、この甘えが過剰になると依存性人格障害などのパーソナリティの過度の歪曲の問題が起こってくる恐れがある。日本の文化結合症候群とされる社会不安障害(SAD:対人恐怖症)も、甘えの病理としての側面を指摘することができる。
つまり、『甘えの許される親密な家族的人間関係』の外部にある『甘えの許されない自立的な社会的人間関係』に上手く適応できない時に発症リスクが高くなると考えることが出来るのである。とはいえ、現代の精神医学や臨床心理学では、神経伝達物質のバランスなど生物学的原因や社会環境要因、生育歴の親子関係・学校生活などを無視して、社会不安障害の病態を考えることが出来ないということもまた事実である。
他者の愛情・保護・支援を受けたいという『甘えの心理』そのものは、無意識領域のエス・イドの原始的欲求に起源があると仮説されていて、人類全般に普遍的なものであると考えられている。恋愛関係・夫婦関係・親子関係から全ての甘えの心理を取り除いてしまえば、そこに残るのは殺伐とした利害関係やビジネスライクなやり取りだけになってしまうであろう。
相互的に寛容に助け合える『甘えの心理が許される時間・空間』と独立した個人として社会的役割を果たす『甘えの心理が許されない時間・空間』の適切なバランスをとることが重要であり、『精神の健康性と安定性』を損耗しないような対人関係とライフスタイルを工夫していくことが求められている。