半睡暗示療法(half-sleep suggestion therapy)
催眠・筋弛緩・鎮静の作用の強いバルビツール酸系の鎮静薬(睡眠薬)を用いることで、意識水準を低下させて緊張を和らげた上で実施する催眠療法的な面接技法に『アミタール分析』というものがある。バルビツール酸系の睡眠薬は、一度に大量に服用(静脈注射)すると脳幹の中枢神経系が麻痺して、呼吸停止に陥り死亡するリスクがあるため、最近ではよほど重症事例の特殊な心理面接でない限りは行われなくなっている。OD(オーバードーズ=大量服薬)による自殺企図の問題もあることから、現在では睡眠薬としてもバルビツール酸系の薬剤が処方されることは殆ど無い。
代表的なバルビツール酸系の薬剤は、『少量で鎮静・中等量で催眠・大量で麻酔・過剰投与で昏睡もしくは死亡』という中枢神経系を抑制する薬理作用を持っており、精神神経薬の用途では5〜10%希釈のナトリウム塩溶液(カルシウム塩溶液)の静脈注射で投与されることが多かった。
アミタール分析のように薬剤を用いて意識水準を低下させたり、言語的暗示を用いて意識水準を低下させることで、半分眠りかけの状態(入眠期に近い状態)を作り出して行う心理療法(カウンセリング)のことを『半睡暗示療法(half-sleep suggestion therapy)』という。かつては即効性の睡眠薬(催眠導入薬)を用いて、意識水準を強制的に低下させるタイプの半睡暗示療法も多く行われていたが、現在ではクライエントの『身体的負担・副作用・セクシャルハラスメント・プライバシー保護の問題』も考えて言語的暗示・身体運動の制御を利用しながら、段階的に意識水準を低下させていくタイプの技法が用いられている。
なぜ催眠療法では、一般に『トランス状態(変性意識状態)』と呼ばれる意識水準の低い心理状態を作り上げた上で、様々な質問を投げかけたり治療的な暗示を与えたりするのだろうか。その主要な理由は、以下のようなものを考えることができる。
1.精神的な緊張や不安を和らげて、リラックス効果を得られる。
2.自我防衛機制を弱めて、ありのままの感情や記憶を話しやすくなる。
3.防衛機制や抵抗が弱まるので、過去のトラウマや重要な記憶などを想起しやすくなる。
4.無意識領域に抑圧された情動や記憶が関与する『PTSD・解離性障害(解離性健忘)・心身症(アレキシシミア)』などへの治療効果が期待できる。
5.意識の受動性(催眠感受性)が高まるので、言語的暗示によって治療効果を得やすくなる。
半睡暗示療法の作用メカニズムの仮説については、原野広太郎の『暗示定着仮説』などが知られているが、意識水準を低下させると抵抗が弱くなり受動性が強まることで、暗示効果が強く働きやすいのである。大脳新皮質の理性的な思考力を低下させたり、無意識的な内容を抑圧する自我防衛機制を解除したりする効果が、半睡暗示療法には期待されているのである。この技法では、意識水準を十分に低下させて言語的暗示を受け容れてもらうための『心理面接の導入部・セラピストとクライエントのラポール(相互的信頼)』が最も重要になってくる。