ウェブとブログの検索

カスタム検索





2011年08月05日

[リビドーの備給(cathexis)]

リビドーの備給(cathexis)

性的欲動が口唇や肛門などの身体部位に向けられるというリビドー発達論を前提にした精神分析用語の一つが『備給(cathexis)』である。S.フロイトが創始した精神分析では、性的欲動(性的エネルギー)としてのリビドー(libido)の存在が仮定されており、リビドーが各身体部位に向けられたり他者に向けられたりすることによって、欲求充足を求める緊張感が高まる。そして、リビドーが滞留しているその欲求が充足されて満たされることによって、不快な緊張感が和らいで、心理的あるいは性的な快楽を感覚することができるのである。

C.G.ユングはリビドーを性的エネルギーではなく、より一般的な心的エネルギーとして再解釈したが、『ある対象にリビドーを向ける』という状況は『ある対象に欲求・興味を持っている』と言い換えたほうが分かりやすい。リビドーの概念はそれが向けられている対象によって『自我備給』『対象備給』とに分類することができ、自我備給の強さは自己愛(ナルシシズム)や自我防衛の強さと連動していることが多い。対象備給の強さは、他者(異性)への性的関心や恋愛感情などと相関していることが多く、対象備給が大きい段階で、相手から拒絶されたり死別する事態が起こったりすると『対象喪失の悲哀感情』が高まってくる。

リビドーの心的エネルギーの量が多く向けられ過ぎている場合には『過剰備給』、反対にそのエネルギーの量が少な過ぎる場合には『過少備給』という。備給されるリビドーのエネルギーの性質が性的欲求がメインの場合には『リビドー備給』と呼び、性的欲求ではない一般的な感情・欲求が中心になっている場合には『情動備給』という風に呼ぶこともある。S.フロイトの前期の精神分析では、“性的欲動”としてのリビドーの充足と阻害(不満)の二元論で、人間の精神活動の健康性や病理性(性的欲動の抑圧で神経症が発症するなど)が考えられていたが、精神分析の研究が進むにつれて、一般的な感情的欲求の充足・阻害としてのリビドーを想定することのほうが増えている。

リビドーが自分自身に注がれる『自我備給』の中には、自我防衛機制の発動と維持のために費やされるエネルギーが多くあり、この自我防衛機制のためのリビドー備給のことを『逆備給・反対充当』と呼んでいる。

posted by ESDV Words Labo at 10:28 | TrackBack(0) | ひ:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。