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2011年08月19日

[ビタミン(vitamin)とビタミン欠乏症:2]

ビタミン(vitamin)とビタミン欠乏症:2

この記事は『前回のビタミンに関する記事』の続きになります。ビタミンの多くは生体内で酵素がその活性を発揮するために必要な『補酵素』として働いているので、『ビタミン欠乏症』というのはビタミンを補酵素として利用している酵素が関係している代謝経路に異常が発生する病気のことである。ビタミンの発見は軍隊で大勢の兵士が発症した『脚気(かっけ)』『壊血病』の原因解明と関係している。白米ではなく麦飯を食べることで脚気の症状が改善し、レモン・ライム・野菜などを食べることで壊血病の症状が改善したことから、米糠・果物・野菜の栄養成分を抽出することでビタミンが発見されることになる。

長期間にわたって陸地を離れて船上で活動していた17〜18世紀のイギリス海軍は、皮膚や粘膜、歯肉の出血症状や貧血症状が出る『壊血病』に悩まされていたが、この病気は高度なビタミンCの不足によって発症することが後になって分かった。1734年にJ・G・H・クラマーは、単調な食生活をしている下級の兵卒に壊血病が多く、野菜・果物も含んだ食事をしている士官には壊血病が殆ど見られないことから、壊血病を予防するために果物・野菜を摂取することが必要だと助言した。

1747年には、ジェームズ・リンドがイギリス海軍の壊血病患者を幾つかのグループに分けて異なる食事メニューを与える実験を行い、オレンジ・レモンの柑橘系の果物が壊血病予防に有効であることを確認した。しかし、海軍は予算の制約から、海軍兵卒の食事メニューに果物・野菜を加えることをしなかったため、壊血病患者は減ることが無かった。しかし、1797年に英国海軍の劣悪な待遇・給与と壊血病の放置に対する不満(怒り)が爆発して『スピットヘッドとノアの反乱』が起こり、英国政府は反乱軍が要求したレモンジュースの提供を受け容れた。実際には、価格の高いレモンジュースではなくレモンより安いライムジュースが海軍の食事メニューに加えられるようになり、壊血病で苦しむ兵士が激減していなくなった。

日本陸軍も日清・日露戦争において、海軍の水兵の多くが『脚気(かっけ)』に悩まされることになった。脚気というのはビタミンB1の極度の欠乏によって発症する病気で、その具体的な症状には『心不全による下肢のむくみ・末梢神経障害による下肢のしびれ』があり、足に力が入らなくなって歩行が困難になっていくというものである。ビタミンB1欠乏症である脚気は、心臓機能の低下・不全である『衝心』を併発するリスクがあり、こういった心臓機能の異常を伴う致命的疾患としての脚気を『脚気衝心(かっけしょうしん)』と呼んでいた。現代では脚気の発症リスクは相当低くなっているものの、『ジャンクフードばかりの食生活・アルコール依存症で酒しか飲まない・高齢者の高カロリー輸液(ビタミン非含有の輸液)』などによって脚気が発症する恐れはある。

軍医大監・高木兼寛は、単調な食事をしていなかった上級士官は脚気に罹患していなかった事から、食事内容が脚気発症に関係していると考えて、1884年に白米に大麦を加えたり肉・エバミルクを食べさせることで海軍の脚気患者を激減させた。高木兼寛は白米ではなく麦飯を食べることで脚気が予防できると主張したが、軍医大監だった森林太郎(作家の森鴎外)が麦飯で脚気が予防できるという仮説に反対して、日本伝統の白米食を続けさせようとしたりもした。高木兼寛は経験則で脚気を予防・治療したが、ビタミンの存在そのものには気づくことがなく、タンパク質が増えたことで脚気が治ったと推測していた。

1910年に、米糠にある抗脚気因子としてのビタミンを世界で初めて抽出したのは、日本の鈴木梅太郎(すずきうめたろう)であり、鈴木はそのビタミンを“オリザニン”と命名して論文に発表したが、日本語で書かれた論文だったため国際的にその功績が広まることは無かった。『ビタミン(Vitamin)』という名前そのものを考案したのは、ポーランドの生化学者カシミール・フンク(Casimir Funk, 1884-1967)であり、1911年に米糠のビタミン成分の抽出に成功した。

posted by ESDV Words Labo at 14:12 | TrackBack(0) | ひ:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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