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2011年09月25日

[ビューロクラシー(bureaucracy),官僚制2:マックス・ヴェーバーとR.K.マートンの社会学的な官僚研究]

ビューロクラシー(bureaucracy),官僚制2:マックス・ヴェーバーとR.K.マートンの社会学的な官僚研究

この記事は、[ビューロクラシー(bureaucracy),官僚制1:官僚機構の歴史と特徴]の続きの内容になっています。ドイツの社会学者・経済学者のマックス・ヴェーバー(Max Weber,1864-1920)の近代官僚制の研究では、近代官僚制は『合理的・効率的な支配管理のシステム』として定義されており、この時代には官僚制(ビューロクラシー)の肥大化・硬直化・非効率化(高コスト化)による弊害は殆ど注目されていなかった事が分かる。

M.ヴェーバーは、官僚政治の管理主義的な統制が深まることによって『個人の自由・選択』が侵害される危険があることや、官僚機構の巨大化によって『メタレベルの適切な統制』が難しくなることについては指摘している。官僚制の長所・利点としては、指揮命令系統が一元化されていて構成員に形式的(画一的)なルール・手続きの方法が課せられていることにより、『仕事の手順や内容の安定性・公平性』が確保されていること(マニュアル主義の効率性)があり、『組織内の上下関係(序列性)の分かりやすさ』によって集団秩序が乱れにくいこともある。

マックス・ヴェーバーは近代官僚制を“合理的・効率的・専門的な支配管理のシステム”として定義したが、そこには、前近代の家産型官僚制と呼ばれた“血縁的・身分的・情緒的な支配管理のシステム”よりも合理的・規則的な部分で優れているという意味が含まれている。M.ヴェーバーは近代官僚制の特徴的・原則的な要素として『権限の原則・階層の原則・専門性の原則・文書主義(手続き主義)』を上げている。

『権限の原則』というのは職位・部署によって何ができるかが明確に決められていること、『階層の原則』というのは上下関係と命令系統がトップダウンで階層化されていること、『専門性の原則』というのは構成員と各部署がそれぞれの専門性を有していること、『文書主義(手続き主義)』というのは何かを許可・認可したり手続きを先に進めるためには“定型・公式の文書やサイン(捺印)”が必ず必要であるということである。

アメリカの社会学者であるロバート・キング・マートン(Robert King Merton, 1910-2003)は、『機能分析』という研究手法を用いて、社会システムの結果が望ましいものである『順機能』と望ましくない結果を引き起こす『逆機能』に区別し、社会システムが起こす結果が事前に知られている『顕在的機能』と事前には予測できない『潜在的機能』とを区別した。そして、官僚制(ビューロクラシー)の逆機能としての問題点を指摘している。

ロバート・キング・マートンが機能分析によって指摘した官僚制(ビューロクラシー)の短所・弊害としての『逆機能』は以下のようなものであるが、これらの多くは現代では、一般的に『官僚主義』として認識されている問題点と重なっている。規則・前例に盲目的に従って例外的な対応・融通を許さずに、どんな職務内容であっても上意下達で上から来た命令を淡々と執行し、『自分個人としての意志・責任・倫理』を放棄するという官僚主義の弊害が最大限に強まった事例として、『ナチスドイツのホロコースト・公私混同で経費を大量に浪費する官僚の無駄遣い(財政悪化)・戦時における民間人虐殺(非人道的行為)』などがある。

規則万能主義……法律や規則に従った行動しか取れないため、法律や規則で定められていない問題には対処できず、明らかな問題点や不足、無駄遣いがあっても放置されやすい。

前例踏襲主義……集団組織としての前例が無ければ動くことができず、明らかに間違っていたりおかしいと思う人が多い事項であっても、『前例を変えること』への抵抗・反発が強くなりすぎて頑なに保守化する。

秘密主義……自己組織を守るために『情報公開・知識の共有』に消極的になり、組織内部に大量の秘密を隠し持って隠蔽しようとする傾向が強まる。

画一化・形式化……全ての問題解釈や状況対応に創意工夫を働かせることができなくなり、画一化・機械化された同じような対応しか取れなくなってしまう。

責任回避・自己保身(事なかれ主義)……組織や上司の命令によって自分は動いているだけという自意識になりやすくなり、何か問題やモラルハザードが発生しても『自分の意志でしたことではない・組織の論理には逆らえない・自分の権限ではどうにもできない』という責任回避・自己保身に走りやすくなる。

権威主義……公共の奉仕者や国民への公共サービス提供という職業意識を忘れてしまい、自分が民間人よりも『上位(優位)の身分・権限・役割』を持っているように錯覚して、民間人の利用者に対して冷たい対応や傲慢な言動をしたりする人物が出てくる。

繁文縟礼……本質的にナンセンスで手間・時間がかかるだけの『書類手続き』をいたずらに増やしてみたり、一般人が理解しにくい『高度な専門用語・難解な言い回し』を公的書類に用いてみたり、もう二度と閲覧することもないような煩瑣な書類を延々と保存し続けたりすることがある。

セクショナリズム……国益・全体の利益から離れて、『各省庁間・組織間・部門間での予算獲得競争や縄張り意識』が激化したり、情報や権限があちこちに分散して非効率化していく『縦割り行政』の問題が出てきたりする。

アメリカの社会学者・未来学者のビジョナリーとして知られるアルビン・トフラー(Alvin Toffler, 1928〜)は、硬直的で融通が効かず非効率的で維持コストが増大していく『ビューロクラシー(官僚制)』に対抗して、個別の問題に対応できるだけの柔軟性と創造性があり人材を有効に活用できる近未来的なシステムとして『アドホクラシー(adhoccracy,臨機応変で柔軟な体制)』というものを提唱している。官僚制(ビューロクラシー)について興味のある人は、[テクノクラシーと資本主義社会における『技術官僚・経営者・専門家・労働者』の機能的連携]の記事のほうも読んでみて下さい。



posted by ESDV Words Labo at 16:24 | TrackBack(0) | ひ:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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