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2006年08月25日

[暗示療法(Suggestion Therapy)・催眠療法(Hypnotherapy)の歴史的変遷:フランツ・アントン・メスメルの動物磁気説]

暗示療法(Suggestion Therapy)・催眠療法(Hypnotherapy)の歴史的変遷:フランツ・アントン・メスメルの動物磁気説

ここでは、言語的暗示を用いて心理療法を行う『暗示療法(Suggestion Therapy)』と催眠誘導によって変性意識状態(トランス状態)に導く『催眠療法(Hypnotherapy)』をほぼ同義のものとして説明する。まず、暗示(suggestion)とは何かという事であるが、暗示とは、言語的暗示や視覚的シンボルなどを用いて、特定の観念やイメージを心の中に形成した上で、理性的な判断力を低下させその観念を実現させるものである。

暗示は、言語的暗示や視覚的シンボル、聴覚的刺激によって特定の観念やイメージを形成してその観念の通りに行動を起こさせようとするものだが、行動科学分野の『パブロフの犬の実験』で知られるI.P.パブロフ(I.P.Pavlov, 1849-1936)古典的条件付け(レスポンデント条件付け)とは異なる。古典的条件付けは身体の生理学的反応を応用した、S-R結合(刺激と反応の結合)の理論である。条件刺激に対して条件反応が反射的に起こるS-R理論では、物理的な対象を知覚することによって条件反応が起こる。その為、暗示のように暗示効果のある言語や視覚的シンボルの観念が刺激になることはない。

暗示効果のある言葉やシンボルのことを『暗示刺激』といい、暗示療法では暗示刺激を与えることで、言語的暗示やシンボルを観念化してそれを半ば無意識的に実現させる。『暗示刺激』に対する観念やイメージの実現を『暗示反応』といい、暗示刺激を受けてから暗示反応を起こすまでの間を『暗示過程』という。意識水準が低下したぼんやりとした状態で暗示反応は起こりやすいので、変性意識状態を利用して催眠暗示や記憶の再生を行う催眠療法との共通性が見られる。暗示療法では、心理臨床家(催眠療法家)が治療効果のある暗示刺激を与える『他者暗示』と、自分自身で暗示刺激を唱導して暗示反応を生み出す『自己暗示』とがある。

近代的な体系化された心理療法としての催眠療法以前にも、催眠状態を利用した催眠の誘導技術はかなり古い時代から存在していて、宗教儀式や古代社会の医術、シャーマニズムの呪術などに用いられていた。最も古い文献上の記録では、古代エジプト王国にまで遡るといわれる。古代エジプト王国や古代ギリシアのポリス(都市国家)では、聖職者階級が祭礼儀式の際に催眠の技術を用いて、巫女や神官を恍惚や忘我のトランス状態へ誘導し、神々からの予言や託宣を得ていたと伝えられる。

18世紀の催眠の歴史を振り返った場合にその端緒となるのが、祓魔術(エクソシスト)を生業として民衆からの強い尊敬と信頼を集めていたオーストリアのガスナー神父(J.J.Gassner, 1727-1779)であり、そのガスナーを反駁することで高い名声を勝ち得たフランツ・アントン・メスメル(Franz Anton Mesmer, 1734-1815)である。しかし、ガスナー神父が行った催眠は、カトリックの神父としての伝統的権威を最大限に活用した宗教的な催眠であり、カトリックに古来からある『悪魔祓い』を通して病気の治療を行う心霊療法であった。

宗教的ではない近代的な催眠療法を一番早く始めたのは、動物磁気説を理論的根拠において催眠を実施したフランツ・アントン・メスメル(Franz Anton Mesmer, 1734-1815)であると言われる。ウィーンの医師であったメスメルは催眠療法の始祖であるが、彼が提唱した動物磁気説には客観的な科学的根拠はなく、不可視の目に見えない動物磁気を自由にコントロールすることで患者の難治性疾患を治療することが出来るというものであった。

動物磁気が治療効果を発揮するときには、患者の身体反応や精神状態が急激に変化するが、これをメスメルは分利(クリーズ)と呼んだ。メスメルはバイエルン(ドイツ)やウィーン(オーストリア)に居る時代には磁石を用いて動物磁気を変化させていたが、ウィーンの医学会から冷淡な評価を受けた後にパリ(フランス)へと渡り、フランスではバケー(磁気樽)と呼ばれる道具を使って集団催眠療法を行うようになった。

磁気桶(バケー)とは木製の桶にガラス粉と鉄粉を混入したものだが、メスメルは自分がバケーに意識を集中させることであらゆる身体と精神の病気を治す効果のある『動物磁気』を宇宙から集めることが出来ると主張した。現代から見ればカルト宗教の心霊療法かオカルト団体の理論であるが、当時は、メスメルの権威や技術を崇敬する信者のような患者が多かったので動物磁気説に基づく催眠が奏効したのである。

しかし、最終的には、フランス国王ルイ16世の命令によって、王立科学学士院と王立医学学士院のメンバー(化学者のラボアジエや天文学者のバイイ、ギロチン発明の医師ギヨタンなど)から構成される動物磁気の審査委員会が結成され、メスメルの弟子のデスロンの集団療法に調査活動のメスが入った。審査委員会が、動物磁気に関する調査を行ったところ、『動物磁気説に基づく集団療法の臨床的有効性は確認されたが、その効果は想像的な暗示効果によるもので、動物磁気という磁気流体の存在は認められない』という報告が出された。メスメルの動物磁気説は結果としてはその存在が否定されたが、科学的な反証可能性を持っていたという意味で前近代的な心霊療法や宗教治療とは一線を画している。

ラベル:心理療法
posted by ESDV Words Labo at 15:06 | TrackBack(0) | あ:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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