ウェブとブログの検索

カスタム検索





2006年09月17日

[フロイトの自我構造論におけるエス(es)・自我(ego)・超自我(superego)]

フロイトの自我構造論におけるエス(es)

シグムンド・フロイトは、前期の精神構造論で人間の精神領域を『意識(conscious)・前意識(pre-conscious)・無意識(unconscious)』に分類したが、後期の精神機能に基づく自我構造論では『エス(es)・自我(ego)・超自我(superego)』の3つの心的装置を仮定した。

意識(conscious)とは、今、自分が意識化可能な思考・感情・記憶が存在する精神領域のことである。前意識(pre-conscious)とは、意識して思い出そうと努力すれば思い出すことが出来る記憶や欲求が存在する領域のことである。無意識(unconscious)とは、人間の意図的な想起や努力では思い出すことが不可能な記憶・感情・欲求が存在する領域で、自分が受け容れたくない性的欲求や不快な過去のトラウマが抑圧される場所でもある。無意識の領域には、心的エネルギーとエロス(生の欲望)の源泉であるリビドー(libido)が横溢しているが、性的欲動(drive)と訳されることの多いリビドーは神経学的緊張として体験され、フロイトによって生理学的な基盤を持つものと仮定された。

後期の自我構造論は、リビドーの発達論(性的精神発達論)を前提としていて、生まれて間もない口唇期(口愛期:0歳〜1歳半)の赤ちゃんには、本能的欲求をひたすら充足させようとする『エス(es)』の精神機能しか存在していない。心身が成長するにつれて段階的に『自我(ego)』の現実適応的な精神機能が発達してくるが、自分の生活動作(身辺整理)を行う自律性を獲得する肛門期(1歳半〜3,4歳頃)では、まだ十分な自我が形成されていない。

自己と他者を区別する自我の精神機能が発達し、善悪の判断基準となる倫理観としての『超自我(superego)』が形成されるのは、男根期(4〜6歳頃)のエディプス・コンプレックスを経験して後のことになる。

フロイトが性的精神発達論で重要視した幼児期に発生するエディプス・コンプレックス(エディプス葛藤)とは、異性の親に性的欲求や愛情を感じ、同性の親に敵対心や憎悪を感じるというアンビバレンスな葛藤状態のことである。同性の親から処罰されるという去勢不安を伴うエディプス・コンプレックスは、異性の親を独占したいとする『幼児的な全能感』の挫折によってとりあえず克服されることになるが、エディプス・コンプレックス自体を完全に克服して無効化することは出来ないとされる。

嫉妬や憎悪を伴うエディプス的な状況は、青年期から成人期以降の恋人関係や夫婦関係の間でも再現されやすいのである。精神分析理論では、エディプス葛藤の不安や苦悩を十分に自分の中で消化できていないと、後になって各種の精神疾患(身体表現化障害・パニック障害・社会不安障害・全般性不安障害・うつ病)の発症リスクが高くなってしまうとされている。

無意識領域で原始的欲求や本能的欲求として渦巻いているエス(es)は、快楽を追求して不快を避ける『快楽原則』に従う性質を持つが、自我(ego)が発達してくるにつれて社会のルールや人間関係など外部世界の条件を考えて欲求を満たす『現実原則』に従うようになってくる。エス(es)とは、ドイツ語で“it(それ)”の意味であり、ラテン語のイド(id)と呼ばれることもあるが、フロイトは無意識的本能であるエスについて『自我とエス(イド)』という論文の中で詳細に触れている。

『人々は、自分が強力な原始的感情、強い欲望または憎しみの感情、野蛮な願望、圧倒するかにみえる欲望をもっていることを恐れねばならぬことはないのだ。これらは、飼いならすことのできる自然の原始的な力のようなものだからである。これらは大河のようなもので、この水を導いて発電所のダイナモを回転させる力になるのだ』
『フロイト その思想と生涯』 ラッシェル・ベイカー著 講談社現代新書より引用



ラベル:心理療法
posted by ESDV Words Labo at 18:55 | TrackBack(0) | え:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。