エスノメソドロジー(ethnomethodology)とカウンセリングの社会的文脈
アメリカの社会学者・ハロルド・ガーフィンケル(H.Garfinkel, 1917-)が考案した『人々の方法論・人々の社会的行為論』にまつわる概念が『エスノメソドロジー(ethnomethodology)』という造語である。
ガーフィンケルは、社会構成員が自発的に用いる方法論そのものをエスノメソドロジーと呼んだり、社会内部の人々を対象にして行う自らの社会学的な研究方法の総体をエスノメソドロジーと呼んだりした。1967年には『エスノメソドロジー研究』という著作を書いており、社会学の研究方法に、社会的行為を行う人々を直接的にリサーチする現場主義的なフィールドワークを持ち込んだ。
“ethnomethodology”という言葉は、“ethno(人々の)”と“methodology(方法論)”を合わせた造語である。ハロルド・ガーフィンケルは、社会学という学問領域の確立に大きな貢献をしたアメリカの社会学者タルコット・パーソンズ(Talcott Parsons, 1902-1979)の弟子であったが、パーソンズが長年抱えた『秩序問題』を研究する視座としてエスノメソドロジーの方法論を社会学に導入した。
『秩序問題』というのは、既存の社会秩序というものが、どのような人々の行為の過程(や判断の蓄積)によって形成されるのかという社会学上の根本問題である。実証哲学を唱導した博覧強記のオーギュスト・コントより始まる社会学の歴史において、多種多様な価値観を持つ個人が生活する『社会(society)』の秩序がどのようなメカニズムによって可能になるのかは非常に大きな疑問であった。
自らの利益を追求し自由を欲求する個人の集積である社会は、一見すると、直ちに無秩序状態に陥って弱肉強食の闘争が展開しそうなものだが、実際にある社会には所与のものとして一定の秩序が存在している。法規範による規制の効果や政治権力による懲罰への恐怖によって、社会秩序が形成されている面は確かに無視できない。しかし、人間社会は、政治権力や法治国家を形成する以前の未開文明の段階においても、完全な無秩序状態を呈することはなかった。
そう考えると、人間個人が集まって共同生活をする社会では、各人が各人なりの社会的行為の解釈や方法を持つことによって、半ば自律的に社会秩序を形成していると言えるのではないか。威圧的な法・権力の命令ではなく、自律的な人々の社会的行為(社会的選択)によって社会秩序が成立するということに対する不思議な感覚や謎の意識がガーフィンケルに沸き起こった。そして、その問題意識の発生が、エスノメソドロジーによる『秩序問題』の考察へとつながっていくのである。
つまり、社会秩序の形成過程に対する解答は、メタ次元から分析的に研究する社会学者の営為にあるのではなく、正に、現実社会で日々生活を営んでいる人々の(ethno)社会的方法論(methodology)にあるのであった。エスノメソドロジーというガーフィンケルが生んだ社会学の研究方法は、人々の行為が生み出す社会現象を高次の専門家の視線で分析するのではなく、社会的行為を行う人々の立場に立ってその行為の方法論や解釈論をそのまま記述しようという『現場主義(フィールドワーク)の研究法』なのである。
ガーフィンケルは法廷において法律の素人である陪審員が、陪審員らしく判決を下す状況を見て、エスノメソドロジーの着想を得たといわれるが、エスノメソドロジーの中心的な研究手法は会話場面や行為状況を録音(録画)する『会話分析』である。
エスノメソドロジーは、パーソンズの『社会システム理論』を参照しているが、構成要素である個人の行為の相互作用によって成立する『社会システム』では、各人が自分の置かれている社会的文脈(コンテクスト, context)を適切に理解することによって、円滑なコミュニケーションが実現する。医師と患者の診療場面のコンテクストでは、医師は医師らしく自信と寛容さをもって患者に接し、患者は患者らしく医師に敬意を払って治療・指導を受ける態度で医師に接することが多い。
これは、カウンセリングや心理療法といった心理臨床場面においても同様であり、カウンセラー(心理臨床家)はカウンセラーの社会的役割に行為を規定されやすく、クライエントはクライエントに期待される役割規範に無意識的に従いやすい。カウンセラーが専門的な心理療法を行わず、適切な助言指導を行わないという『偽のカウンセリング』を実験的に実施した場合にも、クライエントはカウンセラーの無意味で不適切な発言を、自分に効果がある重要なものとして修正して解釈することが多く見られる。
カウンセリング(心理面接)を受けているクライエントは、通常、心理専門家であるカウンセラー(心理臨床家)に『自分の苦悩を共感的に理解して貰う役割』や『専門知や有効な技法を用いて自分の心身症状を緩和する役割』を期待しているものである。カウンセリングの社会的文脈では、カウンセラーは『意味ある発言・有効なアプローチ・適切な技法の選択』を行うことが自明であるという暗黙の社会通念があり、この社会通念が、『(クライエントの)社会的行為の解釈の方法』としての『エスノメソドロジー』を生み出しているのである。
一般の人々の社会的行為の方法や解釈としてのエスノメソドロジーは、その個人が置かれている社会的文脈に全面的に依拠しているといえる。その為、実験的に、カウンセラーが無意味な発言や不可解なアドバイスをしても、クライエントの側が、その無意味な発言に『文脈に応じた意味』を付与したり、的外れなアドバイスを再解釈して『有効なアドバイス』にしてしまうといった現象が起こり得る。エスノメソドロジーは、社会構成員である人々に、半ば無意識的に共有されている『暗黙のルール(社会的行為の解釈の方法)』そのものを研究対象にする枠組みとしても用いられる。

