学校カウンセリング(school counseling)とSPS(Student Personnel Services:学生の全人的発達援助)
青年期のモラトリアム期にある青年たちは、『環境(社会・時代・集団・他者)』から提示される『役割・価値・職業・権威』の中から、自分の価値観や能力、希望に即した『社会的同一性(社会的アイデンティティ)』を主体的に選択しなければならないが、このアイデンティティ獲得の選択に深刻な困難をきたすとひきこもりやニートといった問題が発生してくると考えられる。
現代社会が抱える若者の精神的問題には、非行・暴力・少年犯罪といった『反社会的問題行動』があるが、それと同様に、ひきこもり・ニート(NEET)・社会不安障害(対人恐怖症)といった『非社会的問題行動』の改善(予防・解決)が、SPSやスクールカウンセリング、心理療法に期待されるようになっている。
文部科学省は平成13年から18年にかけての6年間、全国すべての公立中学校にスクールカウンセラーを派遣して、生徒の心身の全人的発達と健全な人格形成を促進する『スクールカウンセリング事業』を実施した。スクールカウンセリング事業では、生徒・教師・保護者・スクールカウンセラーが相互に影響を与え合う『学校教育システム』の中で、学校カウンセリング(school counseling)の各種のアプローチがどのような効果と成果を出せるのかの調査研究が行われた。
学校カウンセリングは、心理的な問題や友人関係の悩み、性格行動特性の偏りなどを抱える生徒の教育相談業務として一定の成果を発揮した。また、生徒の精神障害や発達障害、心の悩みに対するカウンセリングだけでなく、教師の職業上のストレスを低減させるストレス・マネージメントや人間関係を調整する助言を与えるコンサルテーションの分野でも、スクールカウンセラーのより一層の活躍と研鑽が期待されている。
文部科学省がスクールカウンセリング事業に少なくない調査研究費の予算をつけて、生徒・教師・保護者のカウンセリングやメンタルケア、コンサルテーションを重点的に行おうとした背景には、青少年の凶悪犯罪やいじめによる自殺の事例に代表される教育現場が抱える心の荒廃の問題や精神的ストレスの過剰、子供の生活環境の悪化があった。学校に通う子ども達の精神的な問題(精神障害・発達障害)や不適応行動(反社会的行動・非社会的行動)に緊急に対処して欲しいという社会的要請もあり、その社会的要請に応える為に、臨床心理学や精神医学の知見と技術を持つ専門家としてスクールカウンセラーが各学校に配置される運びとなったのである。
スクールカウンセリング事業は一定の成果を挙げたが、文部科学省の研究調査活動の終了を控えて明らかになった課題や困難も山積している。生徒の学校環境への不適応の現れとしての不登校(登校拒否)とその重症化としてのひきこもり、生徒のフラストレーション(欲求不満)やストレスの捌け口としてのいじめや仲間外し、生徒の教師に対する身体的な暴力や器物破損、暴力行動とADHD(注意欠陥多動性障害)など発達障害の相関、進路相談や就職支援に関係するコンサルテーション的な対人援助など、現在のスクールカウンセリングが十分に有効に機能しているとは思えない学校教育の問題が多くあり、生徒を熱心に指導する教員のメンタルヘルスの維持にも多くの障害を抱えている。
また、ストレス過多で精神状態が不安定になっている教員のストレスマネージメントやカウンセリングの必要性だけでなく、学校で問題行動を起こした子供を、適切な方法で指導して注意することの出来ない保護者に対する包括的な教育支援も必要性を増しており、スクールカウンセラーに期待される役割と責務の範囲は拡大する傾向にある。国や地方の財政状況の悪化を考えると、『カウンセリング・心理療法・コンサルテーション・コーディネート・進路選択に関するキャリアカウンセリングやコーチング』など各分野の心理専門家を雇用する余裕は今後もないと考えられる。
その為、学校教育現場で、生徒・教師・親へのカウンセリングを実施するスクールカウンセラーは、自分の得意とする専門領域だけではなく、臨床心理学・発達心理学・教育心理学など心理学全般の理論と実践に精通して、多種多様な問題や危機に迅速に対応できる『柔軟な応用力』を培う必要がある。