構造派家族療法の面接技法:エナクトメント(enactment)とジョイニング
家族療法や短期療法(ブリーフ・セラピー)では、家族を相互的に作用する個人(要素)が集まった一つのシステムと見なして、家族成員が他の家族成員に影響を与える情緒的行動やコミュニケーションを改善することで家族の問題(家庭の病理)を解決しようとする。家族療法におけるシステムズ・アプローチとは、家族の問題(家庭の病理)の原因を「一人の家族」に押し付けるのではなく、問題行動を生み出している家族システムの異常(障害)を発見して改善することに重点を置く。
家族は『言語・情緒・行動・態度・表情』などを介して言語的・非言語的コミュニケーションを行うことで、絶えず他の家族成員に何らかの影響を与え続けていて、自分自身も他の家族から様々な心理的影響を受け行動を変化させている。システムズ・アプローチ(家族療法)のカウンセリング技法を採用して、家族を社会システムの一つとして見るという事は、『全体(家族内の相互作用の結果)は、部分(個人の行動)の単純な総和ではない』という考えを前提とすることである。
家庭内の問題やコミュニケーションの障害が原因となって、家族の誰かに精神症状や問題行動が発現している場合には、その家族は『IP(Identified Patient, 患者と見なされた者)』であるに過ぎず、精神病者(精神障害者)や社会不適格者ではない。家族システムのマイナスの相互作用が原因となって、個人(家族成員)の問題行動や精神障害が生起し維持されている場合には、家族システム内部で繰り返される『悪循環の円環的な因果』を断ち切るアプローチをしなければならない。
ここでは、構造派家族療法のS.ミニューチン(S.Minuchin)の面接技法の概略について簡単に説明するが、S.ミニューチンが家族療法のシステムズ・アプローチにおいて最も重視したのは『ジョイニング(joinning)』である。家族療法におけるジョイニングとは、カール・ロジャーズの来談者中心療法(クライエント中心療法)のラポール(相互的信頼関係)に相応するような概念で、家族システムの一部として治療者(カウンセラー)が積極的に参加(ジョイン)して介入することである。
ジョイニングは、治療対象家族との信頼関係を前提とした『関与的観察の技法』であるが、いきなり、問題を抱えた家族のシステムを変更しようとしたり、悪影響を与えている家族成員の振る舞いを変容させようとしても失敗する可能性が高い。家族のシステムのルールや慣習を理解しながら、まずは、『家族のサブメンバー』として家族成員から承認され信頼されることが重要となる。家族成員から好意的に協力して貰える信頼関係が形成されれば、悪循環を継続させているシステム全体にジョイニングして家族療法を実施することが容易となる。
個別の家族成員の問題点を段階的に把握していきながら、家族システム全体の悪循環を断ち切り、円環的なシステムを正常化していくことが必要となる。即ち、家族療法の究極的な目的というのは、ある家族成員の行動・発言・態度が、他の家族成員の問題解決や精神の安定に役立つようにシステムを正常化(機能化)していくことなのである。構造派家族療法でいうジョイニングとは、効果的なシステムズ・アプローチを柔軟に行えるような『家族のサブメンバー』としての地位と信頼関係を得るための『家族参加(家族システムへの要素としての合流)』のことである。
システムズ・アプローチの治療的介入と心理的援助を効率的かつ有効に行う為には、家族システムの分析と理解を的確に行わなければならない。S.ミニューチンは、システム分析の質問技法として、主観的な言語報告に頼らない『エナクトメント(enactment)』を提唱した。エナクトメント(enactment)とは、相談者の家族成員に言葉で質問して言葉で答えてもらうという従来の面接をするのではなく、実際の家庭生活での相互作用(コミュニケーション)を面接場面で再演して貰う質問技法である。
家族療法のカウンセラーが、『長男が家庭内暴力を振るう時は、お父さんがどんな態度を取った時ですか?』と言葉で質問した場合には、どうしても父親の主観的な感情や欲求が介在した回答が返ってきやすくなる。家族システム(相互的コミュニケーション)の正確な理解の為には、エナクトメント(enactment)の質問技法を用いて、『お父さんと息子さんが、普段の家庭生活でどのような会話(触れ合い)をして言い争いになっているのか、ここで簡単にで良いので再現して見てください』とコミュニケーションの再現を教示してみると良い。
言語報告に頼る通常の質問技法では、『主観的な感情や気持ち』を共感的に理解することができるが、行動・発言を観察するエナクトメントでは、『客観的な行動やコミュニケーション』を現象学的に把握することが出来る。例示したエナクトメント以外にも、『今、起こっている出来事の再現』や『家族間の問題維持に関係しているコミュニケーションの実演』といった形でエナクトメントは行われ、家族システムの構造や機能を客観的に理解する為に役立てることが出来るのである。

