リベラル・フェミニズム(liberal feminism)とラディカル・フェミニズム(radical feminism)の思想:5
この記事は、[前回の記事]の続きになります。 分かりやすいリベラル・フェミニズムとラディカル・フェミニズムの違いとしては、リベラル・フェミニズムは『婚姻制度・家族制度・慣習上の性別役割・ポルノグラフィ』などを個人の自由な選択(両性の同意の下での役割分担)が認められていれば強く否定する必要はないと考え、社会制度やジェンダーに由来する『不平等・不公正な問題』があれば合理的な訴えによる法改正(制度改革)によってそれを是正しようとする。
それに対してラディカル・フェミニズムでは、『婚姻制度・家族制度・性別役割・ジェンダー・ポルノグラフィ』などを女性の劣位性や従属性を構造的に生み出す有害なものとして社会から排除しようとしており、男女間の構造主義的な対立構造(女性は戦って男性の抑圧・支配をはねのけなければならない)を所与のものとしている。ラディカル・フェミニズムは、生物学的性差であるセックスや性的指向としてのセクシャリティさえも、『男女差別(男女不平等)や女性蔑視を生み出す根源的要因』と考えており、変更不可能なものも何とか変革しようとする『反自然的・理性主義的な思想(理屈・正論によって自然的事実を変えようとする主知主義)』としての特徴も強く持っている。
1970年代からリベラル・フェミニズムとラディカル・フェミニズムの分化が始まったが、リベラル・フェミニズムは主に『公的領域(政治領域)における男女差別・男女不平等』を取り扱い、ラディカル・フェミニズムは公的領域における問題だけに留まらず、『私的領域(家族・男女関係・ポルノグラフィ)』にまで深く踏み込んで差別是正を要求するところにも違いがある。資本主義経済が男女差別や性別役割分担(女性の家事労働のシャドウワーク化)を必然的に生み出すというマルクス主義(共産主義思想)の立場からフェミニズム(女性解放論)を論じている『マルクス主義フェミニズム・社会主義フェミニズム』という思想なども登場した。
リベラル・フェミニズムの法的・権利的な男女平等の主張を掲げたり、その理論を説明したりした代表的な古典・著作には以下のようなものがある。
『女性と市民の権利宣言(オランプ・ド・グージュ,1791)』
『女性の権利の擁護(メアリ・ウルストンクラフト,1792)』
『女性の隷従(ジョン・スチュアート・ミル,1869)』
『ポルノグラフィ防衛論(ナディーン・ストロッセン,2007)』
ラディカル・フェミニズムの過激な革命的主張を掲げたり、その理論を説明したりした代表的な著作には以下のようなものがある。
『性の政治学(ケイト・ミレット,1970)』
『性の弁証法(シュラミス・ファイアストーン,1970)』
『強制的異性愛とレズビアン存在(アドリアンヌ・リッチ,1980)』
『女/エコロジー(メアリ・デイリ,1978)』
『ポルノグラフィと売買春(キャサリン・マッキノン,2003)』
1970〜1980年代以降には、フェミニズムはポストモダン思想の影響も受けながら『多様化・個別化』の速度を増していき、フェミニズムの思想体系や主張・信念を、一枚岩の統合的なものとして語ることがおよそ不可能になっていった状況がある。“第三波”の思想的に先鋭化・複雑化してしまい、一般人の価値観や要求から遊離していくフェミニズムの流れを批判した自己批判のフェミニズムとして、『ポスト・フェミニズム(バックラッシュ)』という立場もある。ポスト・フェミニズムは第三波のフェミニズムの思想・運動を否定することから、アンチ・フェミニズム(反フェミニズム)の一種として分類されてしまうこともある。
女性同性愛者のフェミニストによるフェミニズムには、女性同士の同性愛に高い価値を認め、男性憎悪を基盤にした『レズビアン・フェミニズム』があり、レズビアンを前提にして男性排除の女性だけの理想的共同体を構築しようとする『レズビアン・セパレーティズム』という過激な思想潮流も生まれている。
生態学・自然環境保護とフェミニズムを融合させた『エコロジカル・フェミニズム(エコフェミ)』では、男性による自然支配と女性支配は同根の支配欲に根ざしたものであると仮定して、自然環境保護の立場を主張しながら男性性が原因となる『戦争・争い・暴力、女性への暴力、女性支配、先住民差別、環境破壊』に強く反対する運動を展開している。