フォークロジャー(foreclosure)と自己アイデンティティ
フォークロジャー(foreclosure)とは、J.E.マースィア(J.E.Marcia)が定義した“アイデンティティ・ステイタス(自己アイデンティティの状態)”の一つの類型である。フォークロジャーは特定の固定観念や思い込みとも深く関係しており、その原義は『担保権の請戻し権の喪失(抵当流れ)』という法律用語であり、自分の主体性(意志決定)を欠いている受動的な状態を指す。
J.E.マースィアのいうアイデンティティ・ステイタス(identity status)とは、青年期の発達課題である『自己アイデンティティの確立』のために、どのように対応して選択していくのかの行動類型である。アイデンティティ・ステイタスには、自分が何になりたいのか何をやりたいのかに迷って悩む『クライシス(crisis)』の危機的状態と、自分が何をやりたいのかを選んで決めて社会的役割の獲得や人生の目的遂行のために行動する『コミットメント(commitment)』の実践的状態とがある。コミットメントは自分が選んだ物事や目的に向かって積極的に行動することなので、『自己投入・自己参加』などと訳される。
アイデンティティ・ステイタスでは、“フォークロジャー(早期完了・権威受容)”によって思春期から青年期の早い段階で社会的な役割・仕事を決めてしまう人もいれば、“モラトリアム(社会的決断の猶予期間)”によって自分が何になりたいのか何をすべきなのかを試行錯誤したり迷ってしまう人もいる。モラトリアムには何かをしたいという主体性と参加意欲、社会適応力のある『積極的モラトリアム』と何をしたいのかが全く分からなくなり人生の方向感覚を喪失してしまう『消極的モラトリアム』に分けられるが、消極的モラトリアムのことは特に『アイデンティティ拡散』と呼ぶこともある。
“積極的モラトリアム”は、自分がどんな仕事に向いているのか何になりたいのかの自己探求(自己探索)をしながら、実際に努力をしたり行動の方向づけをしたりできるので、自己アイデンティティの確立につながりやすい。“消極的モラトリアム”は、自分が何になりたいのか何をしたいのかの方向感覚を喪失してしまい、実際の努力ができなくなり自己参加もできなくなるので、自己アイデンティティが長期に拡散しやすくなるのである。この自己アイデンティティの拡散状態が、長期間にわたって続くのが『モラトリアム遷延(せんえん)』と呼ばれる状態であり、ひきこもり、ニート、就業困難(就職忌避)などの非社会的問題行動に移行してしまうこともある。
“フォークロジャー(foreclosure,早期完了・権威受容)”というのは、親や学校・社会から与えられた『このように生きるべきだ・この仕事をすれば安定する・こういった考え方が正しい』という権威的な価値観・規範を従順に受け容れた状態であり、自己アイデンティティの確立に際して迷いや悩みをほとんど感じないという特徴がある。例えば、親から『公務員や教師になるのが安定して幸せになれる生き方である。中小企業で働いたりフリーターになったりするのは落ちこぼれで不幸になる。』といった価値観・行為規範を与えられた子どもが、その価値観を素直に受け容れて黙々と勉強し、公務員試験に合格して公務員となりそのまま何の迷いも抱かずに仕事をこなしていくといった状態が“フォークロジャー”の早期完了(権威受容)の状態である。
フォークロジャーのアイデンティティ・ステイタスは概ね職業面での社会適応性が高くて、主観的な苦悩や葛藤が少なく、フォークロジャーの状態にある若者のことを『悩みなき青年・迷いのない若者』と呼んだりすることもある。一方で、自分が本当は何をしたかったのかどんな人間になりたいのかといった『自己探索の試行錯誤』を殆ど経験することがないので、中年期以降に『自分の本当の希望・目的』と向かい合ってこなかったという不全感・後悔の念が湧き起こってくることもある。一般的にフォークロジャーで自己アイデンティティを確立すると、権威主義的な考え方になりやすく固定観念に縛られた言動をしやすくなり、『環境変化に対する適応・それぞれの相手に応じた臨機応変なやり取り』が苦手になってしまうこともある。