カウンセリングにおける服従への意志(will-to-surrender)と力への意志(will-to-power)
カウンセリングには問題解決や感情浄化(カタルシス)、自己洞察(気づき)、心理的成長などの各種の『カウンセリング効果』が期待されているが、その効果を十分に引き出すためには『ラポール』というカウンセラーとクライエントの間の相互的な信頼関係が必要となる。カウンセラーとクライエントの人間関係の相性やコミュニケーションの円滑さ、相互理解を深めようとする態度が、そのカウンセリングのセッションの意義や効果をかなり左右してくるという事である。
クライエントは、カウンセラーに対して過去の重要な人間関係(親子関係)で抱いていた強い感情を向けてくることがあり、精神分析ではこの心的現象(自我防衛機制)を『感情転移(transference)』と呼んでいる。過去の激しい感情を再現する感情転移には、愛情や好意、尊敬など肯定的(ポジティブ)な感情を向ける『陽性感情転移』と、嫌悪や憎悪、軽蔑など否定的(ネガティブ)な感情を向ける『陰性感情転移』とがある。この転移感情を分析・解釈することで治療的な応用をすることもできるが、カウンセラーが『逆転移(counter-transference)』という転移感情を持つこともあり、自己理解を深めてクライエントとの関係性を見つめなおすためにも『転移分析』は重要な意義を持っている。
クライエントがカウンセラーに向き合う時の態度にも、『力・支配への意志(will-to-power)』と『服従への意志(will-to-surrender)』の二つがあり、カウンセラーはクライエントが自分に対してどちらの態度を見せているのかを適切に区別して、それぞれの意志・態度に応じた対処法を工夫していく必要があるのである。『力・支配への意志(will-to-power)』が強いクライエントは、カウンセラーに対して敵対的で不遜な態度を取ったり、カウンセラーの助言・指導に対しても不服従の抵抗を示したりするが、この場合には『陰性感情転移』が起こりやすくなっている。
『力・支配への意志(will-to-power)』が強いクライエントは、カウンセラーに対抗しようとするか手なづけてコントロールしようとすることが多く、必要以上に愛想が良くて饒舌なタイプにも支配への意志が強いクライエントがいることがある。『力・支配への意志(will-to-power)』が強いクライエントにカウンセリングを実施する場合には、『相手の支配欲・会話のペース』に呑み込まれないように気をつけ、相手の感情に共感を示しながら『カウンセリングで話し合うべき本題(抵抗・愛想の良さの背後にあるクライエントの本当の感情や願望)』にクライエントの意識を導いていくような話し方が要求される。
『服従への意志(will-to-surrender)』が強いクライエントは、カウンセラーに対して従順で素直な態度を取ることが多く、カウンセラーのアドバイスや説明内容などに反論をすることもなくそのまま受け容れて課題に取り組もうとする。服従への意志が強まってくると、宗教的カウンセリングのような『全面的な帰依・帰属の態度』が形成されやすくなり、一般にカウンセリングのセッションは順調に進みやすいのだが、『クライエントの主体性・自律性』が損なわれてしまうという別の問題が起こってくる。
精神分析家のW.シュテーケル(W.Stekel)は、『服従への意志(will-to-surrender)』をポジティブな陽性感情転移の現れであり、精神分析を有効に進めるためのラポールの形成に役立つと主張した。しかし、『服従への意志(will-to-surrender)』が余りに強くなると、精神分析・カウンセリングと宗教的セラピーとの境界線が曖昧になり、クライエントにカウンセラーがいなければ一人で何もできない『依存性・従属性の問題』が発生してくるので、『服従への意志と力への意志の中庸のバランス』こそがカウンセリングでは大切になってくるのである。