ウェブとブログの検索

カスタム検索





2006年11月11日

[エンカウンター(encounter)とエンカウンターグループ(encounter group)]

エンカウンター(encounter)とエンカウンターグループ(encounter group):ゲゼルシャフトの社会で求められる人間性の回復

エンカウンター(encounter)とは、他者との有意義な『出会い体験』であり、具体的には、建前でない『本音と本音のぶつかり合い(自己開示)』や表層的ではない『心と心の交流』を意味する。エンカウンターとしての貴重な出会いが成立するときには、オーストリアの宗教哲学者・文学者のマルティン・ブーバー(Martin Buber, 1878-1965)が説く『我‐それ(Ich-Es)』関係から『我‐汝(Ich-Du)』関係への実存的な展開が起こる。

マルティン・ブーバーは、著書『我と汝・対話』の中で、世界に存在する根源的対偶として「我‐汝」と「我‐それ」の相互的な関係性を提起して、「我(Ich)」を語り理解する為には「汝(Du)」を語り理解しなければならないと語った。エンカウンターでも自己理解の洞察を深める為に、自己の眼前に現れる他者に対する理解や気づきを深めていくことを重視する。『エンカウンター(出会い)の相手・内容(質)・機会・方法』は様々であるが、エンカウンターとは、『物理的な他者との出会い』を意味するものでは決してなく、『人間的な他者との出会い』を意味するものである。相手をモノ的に取り扱ってモノローグ(独語)する「我‐それ(Ich-Es)」の関係性を、相手を対等な人間と認識してダイアログ(対話)する「我‐汝(Ich-Du)」の関係性へと転換することである。

エンカウンターの起源は、カウンセリングの発祥地であるアメリカで1960年代に沸き起こった『人間性回復運動(human potential movement)』にあるといわれ、小グループによる集団精神療法の技法として洗練と発展を遂げていくことになる。クライエント中心療法(来談者中心療法)を創始したカール・ロジャーズも、研究実践活動の後半では、集団療法としてのエンカウンターを数多く実施してその効果を検証していた。日本のカウンセリング研究者で、エンカウンターグループの形成と実施を精力的に行った人として、1955年にカウンセリング研究討論会を開いた友田不二男、人間的成長を目的とする集団療法としてエンカウンターの研究実践を推進した國分康孝がいる。

カウンセリング効果を期待する集団面接の一環として行われるエンカウンターでは、エンカウンターグループ(encounter group)と言われる小集団が一定期間(数時間から数週間の期間)の間、維持されることになる。広義のエンカウンターグループには、アルコール依存症からの回復と自立を目指すAA(Alcoholics Anonymous)などの自助グループや相互扶助の為の寄り合いも含まれる。

エンカウンターグループは、宿泊施設(セミナー施設)での合宿制や研修制で行われることもあれば、学校の教室や会社の会議室で短時間の集団面接や定期的な面接として行われることもある。エンカウンターはその歴史的変遷から見ると、専門的な心理療法を提供する医療機関ではなく、教育機関や民間企業、地域のセルフヘルプグループ(自助グループ)、教会、結婚・離婚の相談などで正常圏の人たちに実施されてきたものである。自助グループの地域社会支援と関わりが深いという意味では、エンカウンターは公衆精神衛生の向上を目的とするコミュニティ心理学の一分野と見ることもできる。

エンカウンターの目的は、自己肯定感を強めて精神的な成長を促進すること、そして、人生を健康に楽しく生き抜く為に必要な『人間性(humanity)』を本音の人間関係(共感的・受容的な対人コミュニケーション)を経験して回復することにある。エンカウンターで実施する共感的な話し合いやテーマを決めた自己主張などの「実践演習・実践練習」のことを「エクササイズ(exercise)」という。例えば、エンカウンターグループのリーダが、「どういった時に、自分のことを素晴らしいと感じますか?・他人のことを否定したくなるのはどういった場合ですか?」というテーマを与えて、グループの中でそのテーマについて自由闊達に意見を出し合い、それぞれの意見を尊重して対話を進めていくのがエクササイズである。

エンカウンターで実施するエクササイズは、『自己理解・他者理解・自己受容・自己主張・信頼感・感受性の強化』といった『我‐汝』関係の中での『相互的な自己実現(人間的成長)』を目的として行われる。グループエンカウンターには、『時間・場所・人数・テーマ・リーダー』などの集団面接の要素を設定してから実施する『構成的グループエンカウンター』と、そういった集団面接の要素を特定せずに自由な形式で実施する『非構成的グループエンカウンター』とがある。

エンカウンターの集団精神療法(集団面接)が要請されるようになった時代背景には、産業社会を発展させた近代化の浸透と社会生活における人間関係の希薄化がある。私たちは、近代文明社会を象徴する科学技術の進歩(機械化)や市場経済の成長(効率化)によって、他者と深く関わらずに日常生活を送ることができるようになった。近代社会に生きる人間は、他者から私生活(プライベート)に干渉されない解放感(自由)を手に入れた一方で、他者と深い人間関係を持てないという癒されがたい孤独感(疎外感)を感じるようにもなった。

経済の効率化や労働の機械化によって、情緒的な人間関係が希薄になっただけでなく、経済活動の競争が激化する中で『助け合う他者』ではなく『競い合う他者』ばかりと出会うようになってしまった。エンカウンターグループとは、近代経済社会の人間関係ではなかなか得ることが出来ない『相互理解と相互承認』を得るためのグループであり、本音と本音の言葉を受容的に交わしあいながら、人間的な成長や心理的な回復を実現しようとするものである。

社会形態の歴史的変遷を研究したドイツの社会学者フェルディナンド・テンニエス(Ferdinand Tonnies, 1855-1936)は、『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』の中で近代市民社会をゲゼルシャフト(機械的構成体)と定義し、伝統的共同体をゲマインシャフト(有機的共同体)と定義した。近代化の過程とは『合理性・効率性・利益率』に基づいて形成されるゲゼルシャフトの確立を進め、『情緒性・血縁地縁・伝統主義』に基づいて形成されるゲマインシャフトの解体を促進するものである。他者との本音の付き合いに基づく連帯感や共感性をスポイルしてしまいやすいゲゼルシャフトには、自由経済や企業社会、都市文明などがある。ゲゼルシャフトによるドライで功利的な関係は、人間集団からの疎外感や自己アイデンティティの拡散、精神的ストレスにつながるので、エンカウンターグループで感じることが出来る相互的な信頼感(心理的な相互承認)への欲望が強くなりやすい。



posted by ESDV Words Labo at 08:32 | TrackBack(0) | え:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック