フリースクール(free school)とA.S.ニイルのサマーヒル・スクール:3
A.S.ニイルが建設したサマーヒル・スクールは、近代西欧で最も古いフリースクールとされるが、“民主主義的な学校運営(生徒による学校自治)”と“生徒相互の社会的平等”が大原則とされている事から『デモクラティック・スクール(民主的学校)』に分類されることも多い。学校の教師や家庭の親が『何をすべきか・何をしてはいけないか』を全面的に強制して、無条件に教え込む『権威主義的な教育観』を否定したところに、A.S.ニイルの自由主義と生徒尊重に基づく教育思想の特徴がある。
サマーヒル・スクールには一般的な意味での校則や強制項目は存在せず、『寮での男女の同棲(性関係)・喫煙と飲酒・法的な犯罪行為』が禁止されているだけであり、生徒たちには自分たちの時間を何の学習に費やしたいのか、学校での時間割の作成をどのようにするかについての自主的な選択権が委ねられている。A.S.ニイルは、子どもの役割は子ども自身の人生を主体的に意欲的に生きることであり、『社会の強制・親の価値観・教育者の知識』を無理やりに押し付けられる事ではないという信念を持っており、生徒は『自分自身の時間』を責任を持って有意義に計画的に使うようにしなければならないと考えていた。
子どもの幸福実現と成長促進を目的にするニイルのサマーヒル・スクールは、授業への参加を強制することはしないという原則を立てて、子どもの自由を最大限に認めながら自主的な学習態度を身に付けさせようとした。『児童期における自由の喪失・自己肯定の剥奪・素直な感情の抑圧』が、その後の人生のメンタルヘルスの不調や精神疾患(神経症)の発症につながるというS.フロイトの精神分析のような精神病理学の意見を発表したりもしている。サマーヒル・スクールはサドベリー・スクール(Sudbury school)と並ぶ『デモクラティック・スクール(democratic school)』ではあるが、サドベリースクールと比較すると“ルールの徹底・合議的な意志決定のレベル”は弱い傾向がある。
スクールミーティングの民主的な意志決定によって、『校則(ルール)・学習方針・行事』を決定する本格的なデモクラティック・スクールであるサドベリー・スクール(米国ボストンにあるサドベリー・バレー・スクールをモデルにした各地の民主的学校)は、フリースクールのカテゴリーから外される事もあるが、実際にはフリースクールとデモクラティック・スクールの区別は曖昧な部分も多い。民主的に校内の物事を決定していくデモクラティック・スクールであるサドベリー・スクールの特徴を整理すると以下のようになるが、その教育理念は『子どもは生きていくために必要な事柄を自分たちで学ぶことができる・自分たちで決定したルールの範囲内で自由に活動できる・選択の自由に対する責任感』という事である。
1.学校内のルールや規則は無条件に強制されるものではなく、生徒とスタッフ(教員)が民主的なスクールミーティング(週一回開催)を行うことで決めたり変更したりするものである。スクールミーティングでは、学校の予算の内訳やスタッフ(教員)の査定・雇用などの重要事項についても議論される事がある。
2.生徒たちは自発的かつ自由な選択によって何を学ぶのかの計画を立て、全ての生徒は特定教科の勉強を強制されることはなく(学校が何を学ぶべきかについて強制することがない)、自分が望むような時間割を作成することができる。
3.子ども達を『年齢によるクラス』に分けることはなく、『クラス単位での集団行動』を強制されることもないので、生徒たちは自由にあらゆる年代の他の生徒たちと交流機会を持つことができる。
4.学校内では生徒とスタッフ(教員)の間に上下関係はなく、対等な立場と権限で生活していくことになるが、『生徒の保護者』は学校自治のあり方について干渉することはできない。
5.他の生徒へのいじめや嫌がらせ、暴力問題、責任放棄などのルール違反が起こった時には、選任された生徒とスタッフから構成される『司法委員会』において生活指導・問題解決のための処遇(教育方針)を決定することになる。
6.学校内では民主的かつ公平なミーティングによって規則(ルール)を作成・変更するため、独裁的な権威や恣意的な規則(処罰)は通用せず、『デュー・プロセス・オブ・ロー(適正な法手続き・議論過程)』が重視される事になる。
サドベリー・スクールのようなデモクラティック・スクールでは、『法律的な規範・強制的な秩序』ではなく『内的な規範と納得・共同体的な秩序感覚』が重視されている。生徒自身が学校集団を構成する平等な一員として、権限と責任を持っているという主体的感覚を培っていくことが教育目標になっているのである。デモクラティック・スクールはフリースクールのカテゴリーに含められる事もあるが、フリースクールよりも『自由民主国家を構成する平等な市民感覚の育成』を意識した教育制度になっており、人生に一貫性のある秩序と倫理をもたらすような教育環境が模索されているのである。
この記事の内容は、『フリースクール(free school)と伝統的な学校教育制度:2』の項目の続きになっています。

