ゲシュタルト療法のオーセンティック・セルフ(authentic self)
ドイツ出身のユダヤ人でアメリカで精神科医として活躍したフレデリック・パールズ(Frederic. S. Pearls, 1893-1970)とその妻ローラ・パールズは、『今、ここ』での気づきと再決断を重視するゲシュタルト療法を開発した。
そのゲシュタルト療法の精神構造モデルとして仮定されたのが『五つの層(five layers)』であり、五つの層における精神的な閉塞感や感情の麻痺の鬱屈を乗り越えた自我の状態が『オーセンティック・セルフ(authentic self)』である。パールズは、オーセンティック・セルフの自己状態を心の五層構造の上位にあるものとして考え、人間の心身の力強い生命力を生み出す『核(core)』とした。
ゲシュタルト療法やフィーリング深化技法の精神構造のモデル(心のモデル)は『五層一核』によって成り立っているが、オーセンティック・セルフは『表層的で形式的な偽者の自己』を打ち破る『真正の自己』である。人間はオーセンティック・セルフの状態に到達すると自己不全感や将来の悲観がなくなり充実した日常生活を送れるようになる。
オーセンティック(authentic)とは、『正統の・本物の・真正の』という意味であり、オーセンティック・セルフとは表層的でない深層的な自己であり、形式的でない本質的な本物の自己である。自己実現の充足感や達成感は、虚偽の装飾的な自己では得ることが出来ず、ありのままの生き生きとした感情や体験を実感できるオーセンティック・セルフを獲得する必要がある。
五層一核の心のモデルは、以下のようなものになる。
1.エセ(いかさま)の層……本来の自己のあり方から遠ざかり、弱さや無知、無力な自分を過度にアピールすることで、他者や環境を操作しようとする層。目的や欲求を実現する為に、他者の助力や支援を絶えず必要とするので、自己の成長可能性は大きく阻害されてしまい、ありのままの真実の自己にも直面できない。
2.恐怖(役割)の層……他者に依存せずに自分自身の努力や能力で目的を達成しようと意図するが、『どうせやっても上手くいかない・自分から積極的に動くと大きな失敗をする』という恐怖感に縛られて行動できない層。前向きな努力や自分が持っている本当の能力をなかなか発揮できず、新しい目標や価値ある対象に向かって思い通りに進むことが出来ない。
3.行き止まり(インパス)の層……積極的に行動すべきかやめるべきか迷っていて決断できない優柔不断な層で、人生の先行きに対して深刻な閉塞感と行き止まり(インパス)を感じている。どんなに努力しても自分が期待する結果は出ないし、どんな方法で目的を達成しようとしても上手くいかないという空虚な思い込みや虚無的な信念(ニヒリズム)に囚われている。
4.停止(内破)の層……物事を成し遂げようとする精神の運動性が停滞し、実際に行動を開始する為の身体の運動性も停止している層である。自分の能力を高める向上心や前向きに人生を生きようとする気力が枯れ果ててしまった心身の仮死状態を意味している。しかし、内面の奥深い部分には、この無気力な閉塞状態を破壊しようとする精神的なエネルギーが高まっている。
5.爆発の層……自分がやり遂げようとする目的を達成できないインパス(閉塞感)への反動や、自己の能力を高められない意欲の減退への自責感が限界まで高まると、精神的エネルギーが爆発して自己の可能性や能力開発へと向かうことになる。爆発の層を体験した人間は、オーセンティック・セルフ(真正の自己)を実現しようとするのである。
核となるオーセンティック・セルフ……ゲシュタルト療法の究極的な目的が、正統な自己であり真正の自己であるオーセンティック・セルフを覚醒させて、本来の自分の能力をフルに発揮して社会的に貢献する自己実現を達成することである。