プロフェッション(profession)
高度な学識・学歴を有していて、卓越した専門技能や必要な資格を身に付け、職務遂行に必要なトレーニングを受けて実務を積み重ねている専門職を『プロフェッション(profession)』と呼ぶ。プロフェッション(専門職者)は一般的に社会的な権威・威信を持っているが、その権威や威信を守るために『プロフェッショナリズム』の職能的な自信と倫理的な規範を備えていなければならない。
専門職の職業人であるプロフェッショナルには、その公共性・権威性に鑑みて厳しいパブリックサービスの『奉仕性』とクライアント保護を目的とする『倫理性』とが課せられている。歴史的に語られてきたプロフェッションとは高度な学識と技能、経験に基づいた問題解決力を備えた専門職の事であり、どちらかというと組織人(サラリーマン)というよりは自営業的な職人・専門家のイメージを持っていた。
プロフェッションはその専門的な知識と能力に対して、一定の報酬・権威が与えられているのだが、厳しい職業倫理を守って公共的な利益や目標の為に自己研鑽することが期待されている存在でもある。近年では、医師や教師、宗教家、警察官などのプロフェッションの職業倫理や専門的な職能が弱まってきている事が指摘されたりもする。逆に、現代の資本主義社会ではそういったプロフェッションも特別な権威・役割を持つ聖職者ではなくなっており、一般の知的サービス業の提供者と同じ取り扱いをすべきだという意見も出てきている。
歴史的には医師、聖職者(神父・僧侶・牧師)、法曹などが、倫理的・専門的なプロフェッションの典型的職種と考えられていたが、近代社会が発展するに従って、教師、科学者、看護師、ジャーナリスト、芸術家、プロスポーツ選手、芸能人、ジャーナリストなどもプロフェッションの一種に分類されるようになった。それらのプロフェッションの運営管理組織(professional organization)も誕生して巨大化しており、既にプロフェッションは営利団体を構成する一員のような存在になってきている。プロフェッション(専門職)の官僚組織化・機能的組織化の影響によって、『独立した自営的な職人』としてのプロフェッションは存在を消しつつあり、『専門的な被用者』としてのプロフェッションが一般化している。
プロスポーツ選手や芸能人、ジャーナリスト、ITエンジニアなどは、かつての『権威的・倫理的な聖職者』としての位置づけでは全くないが、その知名度や影響力によって犯罪(不祥事)を引き起こせば、一般人以上に激しいバッシングと社会的制裁に晒されることになる。その意味では、有名税的な公共倫理性(倫理的存在である事の期待)を帯びた職業ではある。インターネットの普及や情報化社会の進展によって、プロとアマチュアの境界線(実力差)が曖昧になってきている現代では、改めて『プロフェッションの存在意義』と『職能的な卓越性・パブリックな倫理性』とが問われている。

