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2007年01月06日

[精神分析の心理面接における『解釈(interpretation)』]

精神分析の心理面接における『解釈(interpretation)』

フロイトが構築した精神分析理論を基盤に置く心理療法(カウンセリング)では、分析家による『解釈(interpretation)』と解釈によって生まれるクライエントの『洞察(insight)』がもっとも重要な治療効果を果たすことになる。自我心理学を主体とする精神分析やメラニー・クラインを始祖とするクライン学派では、現在も言語的コミュニケーションによる『解釈(interpretation)』『洞察(insight)』を必要不可欠な技法として重視している。

一方、ハインツ・コフートが創設した自己心理学アレキサンダーが考案した修正感情体験では、解釈を中心とする言語的コミュニケーションよりも、相互的信頼関係(情緒的な親密感)に基づく非言語的コミュニケーションのほうが面接技法として重視されている。つまり、言語によって取り交わされる解釈の情報よりも、人間関係によって感じ取れる安心感のような肯定感情のほうがより治療的な有効性があると考えられているのである。

自我心理学やクライン学派は、言語的アプローチである「解釈」によって、クライエントに精神疾患の原因となっている無意識的願望(エディプス・コンプレックスや本能的欲求としての性的関心)を「洞察」させようとするが、自己心理学をはじめとする関係性を重視する学派では、「分析家とクライエントの共感的で良好な関係性」を出来るだけ多く体験させることで症状を改善させようとする。「幼少期の育て直し・共感的な親子関係の再現」の感覚を大切にする精神分析療法では、「分析家とクライエントの関係性の質」が治療的な影響力に深く関係していると考える。

精神分析の面接構造で重要な位置づけを持つ「解釈」とは、転移(transference)感情の存在や自我防衛機制の働き方、抑圧している過去の不快な記憶、無意識的な欲求や感情などについて分かりやすく説明し、クライエントの同意(納得)を得ながら「過去の苦痛な体験」と「現在の精神症状」の相関関係に対する「洞察」を深めていくものである。分析家の主観や価値観が反映されやすい「解釈」では、お互いの立場の対等性を意識して、クライエントのプライバシーの権利に配慮しながら、「共同作業としての解釈」をゆっくりと推し進めていくことになる。

言語的アプローチによってクライエントの過去の感情・記憶を「解釈」していく精神分析の作業には、権威主義的な押し付けがましさがあってはならないし、独断的な価値観に基づいていてもいけない。クライエントが本心から「なるほど、そういう理由(影響・経緯)があって、現在のこの問題(症状)が生まれているのか」と深く了解できるような解釈をしてこそ、改善的な治療効果につながるクライエントの「洞察」が生まれてくるのである。

D.W.ウィニコット(1971)とウォルフ(1971)によれば、精神分析療法の技法の中心は『共に在ること』『為すこと』であるが、『共に在ること』は受動的な支持的介入を意味しており、『為すことは』能動的な解釈的技法を意味している。『共に在ること』は、徹底的傾聴を前提とする共感的理解によってクライエントの潜在的な可能性(成長や回復に向かう実現傾向)を促進しようとする、カール・ロジャーズのクライエント中心療法にも通底するものである。『為すこと』は、クライエントの行動や感想について積極的に価値のある意見を述べる姿勢であり、クライエントの問題や悩みを意図的な言語的介入によって改善しようとする「解釈重視の態度」である。精神分析療法では、『共に在ること』と『為すこと』のバランスを適切に保つことが必要となる。

「解釈」を含む精神分析療法の基本的な要素(面接技法)には以下のようなものがあり、専門的に訓練された分析家は、クライエントの心理状態や性格傾向、問題内容、面接の進捗状況に合わせてそれらの面接技法を臨機応変に使い分ける。

1.支持(support)……不安定な精神状態にあってストレス耐性が低くなっているクライエントを、安心できる温かい雰囲気で共感的に支えて上げること。多種多様なクライエントを取り扱う心理面接において「支持」はもっとも基本的な構成要素である。
2.確認(affirmation)……クライエントの発言や連想に対して、「あなたが言いたいのはこういうことですか?」と確認をとって分析家の恣意的な理解を修正すること。クライエントの発言に多義的な解釈が成り立ち、何を伝えたいのかはっきりしない場合には、「確認」を行うことで分析家の誤解や先入見を訂正することができる。
3.再保証(reassurance)……過去の出来事に対してクライエントの抱いている罪悪感や後悔の苦しみを和らげるために、分析家が「あなたは過去にそういった悲しみや間違いを経験しましたが、必ずこれから良い方向に自分と生活を変えることができる」と再保証すること。
4.共感(empathy)……クライエントの置かれた立場に立って、クライエントの感じている感情や苦悩を理解しようと努めることであり、クライエントの苦境や懊悩に同調することで「心の傷つき」を共有して癒そうとするアプローチである。
5.激励(enocouragement)……解釈へとつながる精神分析療法の終盤に待ち受ける「苦痛や不快を伴う推敲・解明・対決」に耐えられるように、分析家が不安を感じているクライエントを共感的に励ますことである。
6.推敲(elaboration)……クライエントの抱えている問題の「解明」やクライエントが抑圧している無意識の願望(記憶・情動)との「対決」を行う前に、「推敲(elaboration)」を行う。「推敲」とは簡潔にいうと、今までクライエントが話してきた内容に一貫性と整合性を持たせる為の技法で、「その時にあなたは何を考えましたか?その相手との会話はどのようなものでしたか?」などの質問形式を含むものである。
7.解明(clarification)……クライエントの抱えている心理的問題や精神症状の形成機序の「解明」を行っていく。「解明」の作業とは、今まで分析家とクライエントの間で語られてきた話の内容に一貫性を持たせて、過去の記憶と人間関係を物語的に「再構成」する作業である。
8.対決(confrontation)……クライエントが受け容れがたい記憶や情動は無意識領域に抑圧されたり、無関係な他人に投影されたりするが、心理面接の場面では分析家(治療者)への転移感情(過去の人間関係で抱いていた強い感情の再現)が起こることもある。精神分析の「対決」の過程では、クライエントがそれまでの人生で避けてきた「不快な感情」や「苦痛な記憶」を想起させて、激しい感情(記憶)の受容・統合を目的とする「対決(直面化)」を促進していく。
9.解釈(interpretation)……精神分析における「解釈」とは、クライエントが自分自身では成し遂げられなかった「洞察」を促進する言語的な説明のコミュニケーションであり、共感的な思いやりを持った「クライエントの問題要素の指摘」である。クライエントの精神発達を阻害する「退行」と「固着」の防衛機制を解除させるのが「解釈」であり、クライエントが自分で気づけなかった無意識的な願望や記憶に気づかせることを目的としている。今まで知覚できなかった事柄や今まで理解できなかった感情、今まで意味を整理できなかった記憶に『言語的な意味』を付与するのが解釈技法であり、精神分析療法の目的は解釈を効果的に用いる『無意識の意識化(言語化)』にあるのである。

上述したように、精神分析療法の面接構造における『解釈』の要素は、最終的に、クライエントが意識化して話すことが出来なかった「過去の激しい情動」や「抑圧された人間関係の記憶」を指摘して解説するという地点に行き着く。精神分析は「無意識の意識化」を促進して精神的な問題を改善する臨床技法であるが、同時に、現実社会に適応するための「自我のコントロール能力」を強化する精神療法でもある。

シグムンド・フロイトは、「自我の強化」によって本能的欲求であるエス(イド)を制御することが出来るとし、「自我の強化」は無意識領域の意識化にも役立つと考えていた。人々が道徳規範を遵守することで秩序が維持される文明社会では、「エスのあるところに自我をあらしめよ」とフロイトは主張したが、現実検討能力である自我を機能させて「本能のエス」と「倫理観の超自我」を適度な強さに調整することで、人間は社会や他人に円滑に適応できるのである。精神分析理論における「精神の健康性・心の正常性」とは、「エス・自我・超自我」という精神機能のバランスが取れていることなのである。



posted by ESDV Words Labo at 02:54 | TrackBack(0) | か:心理学キーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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